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「なに、焦ってんの? 来たらまずかった? それともぼくが木村さんと話したのがまずかったの? 話しちゃいけなかった?」  一方的にまくし立てたらパパが怯んだ。 「失礼します」  魔女は、小声でいって走り去った。 「あっ、ちょっと」  パパが呼び止めたけれど、魔女はそのまま開いたエレベーターに飛び乗った。 「どうぞ。行けば? ぼくはかまわないよ」  ぼくは思いっきりふんぞり返って言ってやった。息子にそう言われても、さすがに残してはいけないらしい。パパはすごく苦々しい顔をぼくに向けた。カッとなった。   なんだよ。世間体を気にして愛人を追いかけられないからってそんな顔をぼくにむけるの? 誰もいなかったらぼくをおいてあの女を追いかけたの? ぼくより大事? ママよりもねえちゃんよりも、あの魔女が大事なの?  ふざけんな!  溢れそうな涙を歯をくいしばって耐えた。淳がぼくの腕をギュッとつかんだ。それが怒りやら悔しさやら悲しさやらでぶっ飛びそうなぼくを、現実につなぎ止めてくれた。 「ねえちゃんは腹をくくったよ。あのちゃらんぽらんでふわふわなねえちゃんが、現実と向き合って母親になるって決めたんだ! 赤ちゃんを育てながら高校も卒業する。がんばるっていったんだ! だからぼくもママもねえちゃんを支える。そう決めた! パパは……。あんたは? あんたはどうなんだ? まだ逃げるのか!」  ギリリとパパを睨みつけた。 「ぼくはただ、新しい命をいっしょに迎えたいだけなんだ。望まれた命じゃなかったけど、それでも家族全員で、よく来たねって笑って迎えたいんだ。それのなにがいけないの? そんなにむずかしいことなのかな!」  まくしたてたら、ゼイゼイと息が切れた。涙がこぼれないようにぼくは必死だ。泣くなんてダサいことはできない。 「それなら、もういい」  ぼくはなにも言わないパパを睨みつけた。ぼくの剣幕にパパは呆然と立ち尽くしていた。 「ぼくらは三人で生きていく。あんたはもういらない」  淳の手が震えている。悪かったな、こんなしょうもないことに巻きこんで。受付のおねえさんが二人で手を取り合って涙を流している。ぼくのかわりに泣いてくれているんだろうか。 「よくがんばったな。えらいぞ」  淳のパパが、ポンとぼくの肩をたたいた。 「あとは大人にまかせろ」  そう言ってエントランスの外まで送ってくれた。とちゅうで「かっこよかったぞ」と知らない人に声をかけられた。  いや、めちゃくちゃかっこ悪いだろ。はずかしい。  淳のパパは別れ際に財布から五千円を出して淳に渡した。 「うまいものを食べろ。うまいものを腹いっぱい食べて、今日は休め。そんでまた明日から勉強をがんばれ」  ありがとうございます、と頭を下げて地下鉄の駅へ向かった。
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