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3
ねえちゃんはおなかを抱えてくの字に体を折った。ヤバいんじゃないの、これ?
「じ、陣痛はじまったんじゃない?」
ママが言う。
うそ!
「びょ、病院!」
ママが叫ぶ。
「病院に連絡しないと!」
「きゅ、救急車呼ぶか!」
「待って待って。先に電話!」
パパもママもうろたえる。
ぼくはどうしたらいいんだ。とにかくねえちゃんをすわらせよう。
「歩ける?」
ねえちゃんは、痛い痛いと言いながら首を振る。イス! イスを持ってこないと! ママは病院に電話をしている。
ぼくは急いでリビングからイスを持ってきてねえちゃんに差し出した。
「すわったら汚れるよ」
「あとで拭くから!」
「えー。でもー」
変なところでねえちゃんが遠慮する。ぼくはキッチンからゴミ袋を持ってきて、ねえちゃんの腰に巻きつけた。
「ほら、これならだいじょうぶでしょ」
そう言ったら、ようやくねえちゃんはそろりそろりと腰をおろした。
「わかりました。すぐに行きます」
そう言ってママが電話を切った。パパは車を出しに外へ飛び出していった。
「啓太! 美結の部屋から入院セット持ってきて!」
ぼくは二階へ駆けあがってねえちゃんの部屋へ飛びこむ。机のわきに置いてあったキャリーケースの取っ手をつかんだ。赤ちゃんの産着やタオル、自分の着替えや洗面道具なんかを入れてある。それを持って階段を駆けおりた。歩けないねえちゃんをパパがお姫さま抱っこして外へつれて行く。
大人はこんなこともできるのか。パパはクソヤローだけど、こんなところはかっこいい。ちくしょー。
ママがドアを開けて待っている。
「このままお産になるわ」
ぼくはママのことばに凍りついた。
お産?
産まれるの? もう? ママが隣にすわる。がさごそとゴミ袋を鳴らして、ねえちゃんがママの膝に頭を乗せて横になった。
「安全運転でおねがいするわね」
ぼくが助手席にすわって、パパはエンジンをかけた。
「うん、安全に急ぐから」
病院まで二十分。長かった。永遠に着かないんじゃないかと思った。ねえちゃんは「痛い」というのをがまんしているけれど、だんだん息づかいが荒くなっていく。たまに耐え切れず「うーん」とうなる。ぼくは赤ちゃんがどうにかなるんじゃないかと気が気じゃない。
「ひっひっふーだよ」
ママがそう言いながら、ねえちゃんの背中をさする。ひっひっふー。ガチのやつだ。
ようやく病院に到着すると、入り口にはすでに車いすが用意されていた。時刻は夜の十時。にもかかわらず、二人の看護師がテキパキと準備をする。車からねえちゃんをおろし、車いすに乗せ中へ入る。ママとぼくは荷物をもって後に続く。
ねえちゃんはそのまま分娩室に入った。
ママとぼくは、車を駐車場に置いて遅れてやって来たパパと待合室で落ち着かないまま、長い時間を過ごすことになった。
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