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 淳はのけぞった。 「受付で呼び出してもらえばいいだろう」 「……無謀だよ」 「子どもを無下にはできないだろ?」  子どもが涙ながらに「パパを返せ」とうったえれば周囲の同情を買うはず。証拠なんかなくたって二人の立場は相当ヤバくなるはずだ。「のらりくらり」は通用しない。 「相手の女も見てみたいんだよ、家庭を壊すのがどんな女なのか。そして、自分が壊した家庭がどうなっているのか、突き付けてやるんだ。自分だけがのうのうと生きてるなんてゆるさない」  実際はママもねえちゃんも、パパ抜きで楽しくやっているけども。 「うまくいくかなぁ」  淳がしかめっ面をした。よほど不安なんだろう。 「相手は魔女だよ?」  淳が言った。 「魔女ぉ?」 「そうだよ。そんな女、魔女に決まっているじゃんか?」  魔女と聞いて、大きな赤いリボンが頭に浮かんだが、そっちじゃないな。毒リンゴを持った方だ。ん? 毒リンゴを持ったのは腰の曲がったおばあさんだな。おばあさんと不倫するか? しないな。  ぐるぐるぐる。頭の中で「魔女」がまわる。  じゃあ、あれだ。アンジェリーナジョリーだ。  頭の中で、パパがアンジェリーナジョリーに羽交い絞めにされている。  あの魔女をなんとか片づけなければ。  片づけたところで、うちの家族が元に戻るかは別の話だが、それでもパパにはちゃんとねえちゃんとママに向き合ってもらわないと困るのだ。 「いやな思いするだけじゃない?」  淳の心配はもっともだ。だけど、もう逃げるのはゆるさない。  ぼくがやらなければ。  淳のパパが協力してくれることになった。 「子どもをこんな矢面に立たせるのは気が進まないなぁ」  と言いつつも、自分も立ち会うから、と約束してくれた。よその子のわがままにもちゃんと向き合う、いいおとうさん。どこかのクソオヤジとは大違い。うちのパパもこんな人だったら良かったのに。  それと合わせて、淳が魔女のインスタをさがし出した。木村彩花という名前と、会社名から当たっていく。けっこう無防備に晒している人はいるもので、同じ会社の女子社員が数名ヒットした。そのフォロワーを探していくと、いた。  アカウント名がAYAKA―923K。  その数字に見覚えがあった。パパの誕生日だ。九月二十三日。Kは紘司のK。パパの名前。どっぷり浸ってやがる。ムカつく。  投稿写真をたどっていくと、あるある。匂わせ写真というやつが。人気のスイーツやカフェごはん、コスメに混じって彼女の部屋の中、男の肩とか足とかわざとらしく写り込んでいる。Tシャツでくつろぐ姿。着替えが常備してあるのか。  これ、パパか?  なんだろう、このがっかり感。まさか喜んで写っているわけじゃないだろうな。そうじゃないにしても、こんな写真晒されて平気なんだろうか。いいおっさんのくせに。孫も産まれるっていうのに。  情けない。  っていうか、いろいろと画策して噂をもみ消したんじゃなかった? なんでわざわざ晒してるの? わざと? 誰に見せつけてるの?  もっとゆるせないのは、「彼からもらったプレゼント」というやつ。指輪やネックレス。  中学生になってから、ぼくはパパからプレゼントなんてもらっていないぞ。ママも、ねえちゃんも。別にほしいわけじゃないが、家族の誕生日はシカトしているのに、魔女にはやるのか。サイテー。クソオヤジ。  その首元のネックレスをぎゅうっと締め上げてやりたくなった。
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