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 夏休みの間に、決着をつけなくては。  会社が夏期休暇に入る少し前、決戦当日。淳と淳のパパの協力の元、ぼくは会社へ乗り込んだ。平日の午前中。もちろんママには内緒だ。いつものように自習室へ行ってくると、ウソをついて家を出た。  淳と二人で、電車に乗って都心のオフィス街にやって来た。その一角にある大きなビルがパパたちの会社だ。いかにも上場企業なそのビルの前でぼくと淳は顔を見あわせるとたがいにうなずいた。淳がいてくれて、とても心強い。    よし!  グッとこぶしを握って、自動ドアが開くのを待つ。入ってきた場違いな子ども二人を、受付のおねえさんが怪訝な顔で迎えた。二人でその前にならんで立った。淳が言う。 「父に忘れ物を届けにきました」  淳が名前と部署を告げると、おねえさんがにっこり笑って承ってくれた。内線で連絡してくれる。少し待つとエレベーターから女がひとり降りてきた。一度立ちどまってロビーを見わたした。  ……あいつか。  ぼくも淳も、グッと身構えた。「手が離せないから、かわりに受け取ってきてくれ」と淳のパパに言われた魔女が、それが策略であるとは気づきもせずに、のこのことやって来たというわけだ。ぼくら二人を見つけるとコツコツとヒールを鳴らして向かってきた。 「駒沢課長の息子さん?」  魔女は、ぼくと淳を交互に見ながら言った。中学生が二人いるなんて聞いていないから迷っている。  年はよくわからないけれど、たぶんアラサーってやつ。きりっとした感じのきれいな人。ブラウスとパンツ。軽い茶色に染めた長い髪を耳にかける。デキる女。そんな感じ。アンジェリーナジョリーのような妖艶さはまったくない。    ていうか、何個下だよ。一回り以上下だろう。スケベクソオヤジ。 「あんたが木村さん?」  ぼくは淳を押さえて一歩前に出た。 「あっ、え?」  いきなり不躾な言いかたをされて魔女が戸惑っている。 「ぼく真山の息子です」    名乗ったら魔女が目を瞠った。ぼくはドラゴンに挑む勇者のように魔女を睨みつけた。 「どうも。父がとぉーってもお世話になっているみたいで」  さらに一歩詰め寄る。 「あっ。いえ、そんな」  なにも言えないだろうな、魔女め。 「あっ、逆? こっちが世話してやってんのかな? プレゼントあげたりとか」  受付のおねえさん二人が、なんだか心配そうにこっちを見ている。 「ぼくは、今年も去年も誕生日プレゼントなんかもらってないけどね」 ぼくはたたみかける。 「どういう気持ちなのかな。家族を差し置いてしゃしゃり出るって。優越感?」  言ってるうちになんだか猛烈に腹が立ってきた。 「息子にはあげないのに、わたしにはくれたのっていう優越感なのかな?」 「子ども相手にどうなの、そのマウント」 「勝ったって満足してる?」 「子どもにもうちのママにも勝ったって思ってる?」  激しいことばを投げつけるぼくは今、この魔女に負けず劣らず醜い。 「うち、今いろいろ大変なんですよ。それなのにパパはママに丸投げでね。ぼくも大変なんです。受験生だから。誰かのせいでパパが家庭を放棄しちゃってるから、ぼくら三人きりで支え合わないといけないんです」  後ずさる魔女。 「うちのねえちゃん、子どもが産まれるんですよ、十月にね」
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