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魔女はふっと息をのんで、目を見開いた。あれ? 聞いていなかったのかな? まあ、孫が産まれるなんて若い恋人に言えないか。
「孫が生まれるんですよ。うちのパパ、おじいちゃんになるんです」
ぼくの膝はガクガクだ。平静を取り繕うのに必死。
「孫のいる人と不倫するってどうなんですかね」
声が震えないように、いっしょうけんめいがんばって声を張る。地区予選よりずっと緊張する。
「まさかぼくに弟か妹ができるなんてないよね」
魔女の血の気が引いていく。あれ? まさかね。カマかけただけだよ?
「孫と愛人の子どもがタメってウケるんだけどー」
わざとチャラい感じで言ってみる。
「まさかそんなバカなマネ、するわけないよねー。みっともない。っていうかさあ、あんたもいい年じゃん」
魔女が真っ青になってぶるぶると震え出した。ぼくは子どもだから、セクハラもモラハラも知りません。
「いい年して独身だから不倫なんてするんじゃないの? まともな恋愛してさっさと結婚したら?」
ぼくは「被害者」という正義をふりかざして、「無知な子ども」の仮面をかぶって、でも明確な悪意を持って彼女を斬りつける。「子ども」で「被害者」はいい盾だ。ぼくはそれを最大限に利用する。ぼくにはそれがゆるされるはずだ。
「ああ、啓太くんも来てたのか。悪かったね、つき合ってもらって」
淳パパ登場。思わずビクッとした。
「おそいから様子を見に来たんだよ。あれ?木村さん、知り合いなの?」
青ざめた魔女に、しらっと声をかける淳パパ。そこへ。
「なにしてるんだ!」
パパが走って来た。
やばい。想定外だ。ぐうぜん、外から戻ってきたところらしい。やばい。どうしよう。パパのいないところで、魔女を成敗する予定だったのに。
っていうか、いま怒鳴った? ぼく、怒られた?
「なにしてるんだ」ってなに? なんで、ぼくが怒られるの? ぼくが不倫相手に接触したから?
魔女はだまって青ざめた顔でパパを見ている。なんなの? そうやっていればパパが助けてくれるの? 息子じゃなく、自分を助けると思っているの?
……今のパパなら、そうするかもしれないな。
いっしゅん、しぼんだ怒りがまたふくらんでくる。
「ああ、うちの息子に忘れ物を届けてもらったんだよ。啓太くんにもつき合わせちゃって申し訳なかったね」
淳パパの助け舟。
「え? 息子?」
パパははじめて淳に目をやった。
「息子たち、同級生なんですよ。中学校に入ってからずっと。知りませんでした?」
塾もいっしょだもんね、と絶妙にマウントを取る淳パパ。だいたいパパはぼくとねえちゃんの友だちなんか知るわけもない。聞かれたこともないし。
会社のロビーというのは意外と人通りが多い。ぼくが大見得切ったせいで注目を集めている。
「だ、だからって」
だから、なんだ。なんなんだよ!
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