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「ごめんな、巻きこんで」
そう言ったら淳は首を横に振った。
「こっちこそなんの役にも立たなくて」
「いや、いてくれてすごく助かった」
淳が腕をつかんでいなかったら、感情の暴発にまかせてみっともなく喚き散らして木っ端みじんに砕け散っていた。
「なら、よかった」
中学生の考えるおいしいものなんてたかが知れている。ましてや都心のオフィス街のレストランなんて敷居が高くて入れたものじゃない。
電車に乗って、家の最寄り駅まで帰った。電車の中では、次の模試の出題範囲とか、夏休みの課題とかそんな話をしてやりすごした。さっきまでの非日常的なことを話すには感触が生々しすぎた。
それから駅前のなじみのあるファミレスに入った。メニューの中でいちばん高いステーキを注文した。デザートにティラミスも頼んだ。子どもだけでそんな注文をするのは、ちょっとドキドキした。
それでも余ったお金は、合格したらカラオケに行こうと約束した。
「じゃあ、また明日な」
「うん、今日はありがとう」
手を振って右と左に別れた。
「啓太くん、震えてましたよ。気付きましたか」
啓太と淳を見送って、駒沢は真山に言った。
「ああ、はい」
真山はうなだれていた。
「どれだけの思いでここに来たんでしょうね」
真山はことばもない。
「その啓太くんの決死の覚悟を、わたしは無下にはできませんよ。人事に報告します。まあ、ロビーでこれだけの騒ぎを起こしたらだまってても人事にとどくでしょうが」
俺は啓太のなにを見ていたのだろうな。真山は思う。いつの間にか一人でこんな無謀ともいえる行動をするようになっていた。もう親の庇護のもとに、ぬくぬくとしているだけの子どもじゃなかったのだ。
成長していたんだな。そんなことにも気がついていなかった。いや、見なかったのだ。目をむけなかったのだ。
「啓太くんの将来の夢、知ってますか」
聞かれて真山はだまって首を横に振った。
「官僚だそうですよ。国家公務員上級試験に合格するんだってがんばっているんですよ」
そんなのははじめて聞いた。
「おかあさんが安心するだろうからって。おねえさんにも、産まれてくる甥っ子の助けにもなるからって」
バットで頭をフルスイングされたような気がした。息子がそこまで先のことを考えていたなんて。家族のことをそこまで考えていたなんて。自分が知らないことを、友だちの父親が知っていたなんて。
立っているのがやっとだった。
エレベーターを待つ間に向けられたロビー中の視線は、軽蔑の中に憐みが混じっているような気がした。
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