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 家に帰ったら、ママにめっちゃ叱られた。淳のママから連絡がいったらしい。 「子どもがそんなことしなくていいの」  わかってます。 「まったく無茶をして」  ごめんなさい。 「相手の女に傷つくようなこと言われたらどうするつもりだったの」  言い負かすつもりだったよ。 「もう、美結も啓太も心配ばっかりかけて」  ほんと、ごめんなさい。そして目を赤くしたママは最後に言った。 「そんなことさせてしまってごめんね。ありがとう」  また涙が出そうになった。ねえちゃんはニヤニヤしながら、あれ以来、手つかずで冷蔵庫に眠っていたモンスターエナジーをぼくに差し出した。 「やるじゃん」  うるせぇ。  あとから聞いたが、ママはとっくに証拠を押さえていたらしい。タイミングを見て、パパに離婚と慰謝料を、木村にも慰謝料を請求するつもりだったと言った。  タイミングってねえちゃんとぼくの卒業だったんだろう。妊娠が発覚して、その「タイミング」は大幅にずれることになったけれど。  パパと木村彩花に処分が下った。  パパは部署移動と降格。木村は地方の子会社に出向。本来はパパも転勤のはずだが、高校生の娘の出産準備のため、家にいられるように温情をかけられたそうだ。  ぼくがロビーで繰り広げた「啓太劇場」は、瞬く間に社内で噂になり、子どもに不倫の始末をさせた。とパパと木村は非難ごうごう。非常に非情な立場になった。  ロビーには結構人がいたからな。受付のおねえさんたちも同情してくれたみたいだし。  ぼくは無力な子どもだけれど、それを逆手に取ることもできるんだ。ぼくのこざかしい計画は、見事に大人たちの憐憫の情をついて成功した。  結局木村は、退職したという。公衆の面前であれだけなじられて平気なほど、面の皮は厚くなかったようだ。ざまぁ。  一人会社に残るパパは針の筵だろう。  でもパパは、その筵から降りることはしなった。相当居たたまれないことは想像できたけれど、ちゃんと会社に行っている。  それからぼくたちに、申し訳なかったと頭を下げた。 「今さらでも、できることは何でもやるから」  一番大変なところは終わっているんだけれどね。和馬の親と対決するときに、いてほしかったよ。ぼくたち三人は、幾分冷ややかにそのことばを受けいれた。もちろん、魔女とは二度と会わないと誓約した。彼女がほんとうに妊娠していたのかは聞いていない。聞く必要もない。どうであっても落とし前は自分でつけろ。ねえちゃんとちがって大人なんだから。
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