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 はじめ所在なさげだったパパも、しだいに家の中で落ち着いてきた。そっけなかったねえちゃんも、ちょっとずつ心をゆるしはじめている、たぶん。  パパも出産についていろいろと勉強している。ねえちゃんの体も気遣っている。 「前のお産は十五年も前だからもう忘れちゃったな」  そもそもパパは勉強したのかな。その疑問は飲みこんだ。せっかくのやる気を削いではいけない。  ぼくも、塾の帰りにだいぶ話をするようになった。学校のこと、勉強のこと、志望校のこと。ちゃんと聞いてくれる。向き合うって言ったのは、実行している。  でも、ママはまだどこか冷めている。会話もあまりない。質問と答え。それくらい。ママがゆるすかどうかはわからない。関係の修復は前途多難だ。 「どれだけ時間がかかっても誠意をつくすよ」  とパパは言った。ならはじめから不倫なんてしなければよかったのに。いいことなんかひとつもなかったじゃないか。大人の考えることはわからない。  九月の半ば、まだまだ残暑がきびしい。ねえちゃんのおなかはぽんぽこりんだ。しょっちゅうグネグネとうねっている。あんまり動きが大きいのでおなかの皮を突き破るんじゃないかとこっちがビビる。たまに様子を見に来るマイピーとサーちゃんもビビる。 「めっちゃエグイ」 「あんまり動くと痛いんだよね」  本人だけがのほほんとしている。予定日まではあと一か月あるけれど、もう産まれるんじゃないかと気が気じゃない。  ねえちゃんとパパは西松屋に行ってベビーベッドを買ってきた。二人で、ああでもないこうでもないといいながら組み立てている。っていうか、ねえちゃんは大きなおなかがつかえて、立ったり座ったりがたいへんだ。かわりにぼくが手伝った。気分転換だ。  出来上がったベビーベッドにベビー布団を敷いて、ねえちゃんの部屋に置く。ねえちゃんの部屋は赤ちゃんのものでぎっちぎちだ。 「これでいつ産まれてもオッケー」  ねえちゃんは満足そうに笑った。  来月にはここに赤ちゃんが来るのか、と思えば不思議な気がする。ねえちゃんのおなかの中でグネグネしている生き物が実体を伴って出現するのだ。  ちょっと怖いが。  産むねえちゃんはもっと怖いだろうが。  ねえちゃんが満足したせいかどうか。  パパが迎えに来てくれて、塾から帰って来た九月の半ば。ぼくが玄関を開けて「ただいま」と言ったとたん 「ぎゃー! ママー!」  とねえちゃんの悲鳴が聞こえた。あわててくつを脱ぎとばしてかけあがった。ねえちゃんは洗面所から出たところにへっぴり腰で立っていた。 「どうした!」  ねえちゃんの足元に水たまりができていた。漏らしたのか? 「おしっこじゃないもん!」  ぼくの考えを見透かしたようにねえちゃんが言った。じゃあ、なんだ。ママが二階から駆けおりてきた。 「あっ」  水たまりを見て声をあげた。 「破水だ!」  ハスイってなんだ。 「どうした。だいじょうぶか」  車を車庫に入れて後から来たパパも駆け寄った。 「いたっ!」  ねえちゃんが叫んだ。 「えっ?」 「いたたた!」
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