1/1

90人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

 現にママはほとんどパパと口をきかなくなってしまったし、ねえちゃんも露骨にパパをシカトする。そんな現実にがっかりしたぼくも、話しかけることはやめてしまった。どうせ、返ってくるのは生返事だし。  家庭内は最悪に険悪だ。  ぼくの家、真山家は崩壊寸前。かろうじて四人家族の形を保っているだけだ。  確かめることはできなかった。ひとことパパに聞けばいいのだけれど、「そうだ」と肯定されてしまえばその場で一発アウトだ。その途端、ギリギリ保っていた形も完全に崩壊する。  だからといって「ちがう」といわれても、たぶんぼくはごまかしたんだなと思ってしまう。それはそれでアウトだ。自分の不都合を、ウソでごまかす父親なんてどうあってもゆるせるわけがない。  どっちにしろ、そんな恐ろしいことはできなかったのだ。  だからますますパパは家を空ける。  この破綻した家族が元にもどることがむずかしいのは、子ども心にもわかる。  不倫したから破綻したのか。破綻したから不倫したのか。どっちが先だったんだろう。  いつのころからか、ママはぼくら三人とパパの洗濯物は分けるようになった。柔軟剤も別。パパのは「超消臭。汗も脂も」とかいう強力そうなやつだ。ぼくの服が甘いフローラルな匂いなのはちょっと困る。学校ですれちがいざまに、「真山くん、いい匂いがするね」なんて女子に言われたら恥ずかしくってしょうがない。  じゃあ、パパのといっしょに洗うかと言われれば、それはそれでいやだ。ママのチームに入れてほしい。 「どうして別なの?」と聞いたら、パパは臭いからね、とママがいった。末期だ。  こんな状態だから、離婚もそう遠くないと思ってしまう。ママがそう決めたのなら受け入れる。このままでママがしあわせじゃないなら仕方がない。ぼくはずっとママの味方をする。そう決めている。マザコンというならいえばいい。なにが悪い。  中学校の入学式のときはこんなじゃなかった。三人でなかよく笑いながら写真を撮ったのに。居合わせたほかの家族と、「入学式」の立て看板の前で、写真の撮りあいをしたのはパパだった。  あの家族はもう壊れてしまった。残念だけど。  今はねえちゃんをバカ呼ばわりしているけれど、あのころはねえちゃんだってまじめだった。勉強だってちゃんとしてたし、部活の吹奏楽もがんばっていた。クラリネットに選ばれたと張り切っていた。高校も吹奏楽の強いところに入るんだって言っていたのに。  ねえちゃんがやさぐれたのは、パパのせいだ。おかしくなりつつある家庭の空気を敏感に感じ取ってしまったのだ。反抗期も相まって、なにもかも投げやりになって、勉強もしなくなった。高校もどこでもいい、といって下がった成績で入れる中の下レベルの公立高校に入った。高校に入ってからも部活なんかやるわけもなく、放課後はカラオケだゲーセンだ、と遊び歩いている。  そんな中で同級生の和馬とつき合いはじめたのが去年の秋くらい。  家にいても、ずっとスマホを手放さない。SNS。ゲーム。ライン。  たまにぼくと話す。学校の愚痴。友だちの愚痴。和馬ののろけ。 「あんたはがんばりなよ」  そう言う。託されてもこまる。  自分だって、やさぐれていないでがんばればいいのに。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加