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ママはパートに行く。ねえちゃんとぼくの学資のためだ。二人とも大学に行けるように、給料がいいからと、介護施設で働いている。
ぼくには家庭の経済事情はわからないけれど、もしかしたら離婚後の収入のためかもしれない。
おかげでぼくは学習塾にも通えている。ぼくが目指すのはAランクの公立高校だ。それから国立大学へ進学して、国家公務員上級試験に合格する。そして官僚になるのだ。
そうすればママの老後は安心だ。パパをあてにしてはいけない。親孝行なぼく(ママ限定)。ねえちゃんは自分で何とかしろよな。
そんなふうに殺伐とした家庭内で、さらなる火種をまくことをためらったねえちゃんの気持はよくわかる。
が。
「和馬くんには言ったの?」
「……う、うん」
ママが聞いたのに、ねえちゃんの答えは煮え切らない。
「言ってないの?」
「きっ、きっ、きっ」
どうした、ねえちゃん。
「きっ、聞くには聞いた」
「聞く?」
質問と答えが合っていない。
「あ、赤ちゃんができたらどうするって聞いた」
また遠回しな。
「そんなわけねぇだろうって言われた」
それで言い出せなくなっちゃったのか。ママのこめかみがぴくっとした。
「なに? その無責任な言いかた」
「ひっ、避妊はちゃんとしたんだよ」
「ちゃんとしたらできるわけないじゃないの!」
「うぇ……」
ねえちゃんのべそがぶり返す。中三男子、避妊の話をされてもこまります。だいたい和馬、ロクなヤツじゃないな。チャラいヤツだ。ねえちゃんといっしょのところを、二回ほど見かけたことがある。髪茶色いし、前髪長いし、シャツの襟ぐずぐずだし、へらへらしてるし、頭悪そうだし。
顔はまあまあ。どこかのアイドルみたいだ。ぼくよりずっと背も高い。なにより大人の声をしている。ちょっとカッコいいかもしれない。ちくしょー。
ねえちゃん、趣味いいな。いや、悪いのか? ほんとにあいつが好きなのか?
とりあえず、ティッシュの箱をねえちゃんの前に置いた。ねえちゃんは、勢いよく五枚引き抜くとぶうっと盛大に鼻をかんだ。
「とにかく」
ママは、はあっとため息をついた。
「和馬くんと親御さんと相談しないと。それから病院」
病院と聞いて、ねえちゃんはぽかんと口を開けた。
「病院?」
「そう! 病院! ちゃんと診察してもらわないと!」
「診察?」
ねえちゃんは「こだま」かっていうくらい首をかしげている。
「そうよ! 赤ちゃんが元気かどうか見てもらって、予定日も聞かなくちゃ」
ねえちゃんの目がこれでもかっていうほど大きく開いた。
「よ、よ、予定日」
「そう。出産予定日」
出産? うそだろ。子どもを産むの? ねえちゃんが? ぼくは息をのんだ。高校生だよ?
うぇぇーー。しばらく呆然としていたねえちゃんはとうとう本格的に泣き出してしまった。
「ちゅ、ちゅ、ちゅ」
どうした、ねえちゃん。
「中絶できないの?」
ひい! 中絶? ぼくの人生にそんなことばが出てくるとは思いもしなかった。
「バカッ!」
ママの顔が般若になった。
「そんなに大きくなったらもう無理なのよ。産むしかないの! だいたいなに? 気軽に中絶なんて言わないで。命をなんだと思っているの!」
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