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「そう。ママ、きょう仕事休みだからちょうどよかった」 「うん。ごめんなさい」  ねえちゃんはきのう大泣きしたせいか、今朝はやけに殊勝だ。 「啓太もごめんね。なるべく迷惑かけないようにするから」  そんなこと言われたら、なんて返していいのかわからない。うん、とあいまいにうなずいて残りのごはんをかき込んだ。というか、卵二個使いのデラックス卵かけごはんを一センチのすき間から流しこんだ。    どこかふわふわとした足取りで学校にむかったものの、授業が手につくわけもなく、仲良しの駒沢淳に「なにかあったの」と聞かれたところで答えるわけにもいかず、また不意に腹立たしさがこみあげてきてぎゅっと歯を食いしばったり、まったく落ち着きのない一日だった。 「ねえ、だいじょうぶ? ほんとに変だよ?」  昇降口でくつを履き替えながら、淳が心配そうにぼくの顔をのぞきこむ。淳とは一年生のとき同じクラスになって、たまたま部活も同じで、それからずっと仲良しだ。バトミントン部。選んだ理由も同じ。  運動部なのにゆるいから。  ぼくはスポーツがそんなに得意じゃない。だからガチのサッカー部とか野球部とは無理。あれは運動神経のいいイケてるヤツがやるものだ。  かといって、文化部はなんかやだ。美術部とか科学部とか、ほぼ帰宅部。ちょっとバカにされている。 「何部?」 「科学部」 「ああ、へえ」  うすら笑い。  その点、バトミントン部は運動部。一応。地区予選は一回戦負け。ぎりぎりだいじょうぶ。中の部活だから日焼けもしないし、埃をかぶることもない。遅くまでやることもないから塾に行くのも余裕だ。  なんとなく淳には同じ匂いがして「どうしてバド部にはいったの」と聞いたら、淳はにやっとして言ったのだ。 「だってちょうどいいじゃん」  それ以来淳にはちょっと心をゆるしている。  だからぼくの家庭の問題もそれとなく話してある。まいるよねー、なんて深刻にならないように。  淳が心配してくれるのはありがたいのだが、だからといって、夕べのことを話せるかといえば、それはまた別の話だ。先のことが決まったら話すかもしれない。悪いけど。  仲良しだからといって、話せないこともあるんだ。そんなこともあるんだな。ぼくははじめて知った。淳はそんなあいまいなぼくになにも言わなかった。ちょっとした罪悪感と居心地の悪さを抱えながら、橋のたもとで手を振って右と左に別れた。  長い長い一日を終えてやっと家に帰った。ねえちゃんはどんな診断を受けたんだろう。知りたいけれど、知るのは怖い。 「ただいま」  玄関を開けると、しょうが焼きの匂いがした。ナイスタイミングの帰宅だったらしい。ぼくもねえちゃんも大好きなヤツだ。きっとママが気を遣ったんだ。  先に自分の部屋に行ってカバンを置き、Tシャツとハーフパンツに着替えてリビングへ降りた。ドアを開けるとエアコンの冷気が心地いい。  話を聞くのが先か、しょうが焼きを食べるのが先か。 「先に食べちゃおう」  ママが答えを言ってくれた。テーブルについてあたたかいご飯と味噌汁を前にすると、落ち着いて食事をするのが昨日以来だったと気がついた。夕べは上の空で、朝ごはんも給食も食べた気がしなかった。  グウっとおなかが鳴った。ひさしぶりに空腹を感じた。いつの間にか、口は開くようになっていた。
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