9.迫る829号室

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9.迫る829号室

 エントランスに進むと、まるでホテルのような清潔感と高級感があった。自分が場違いに思えてしまい、少し鼻白む。 「いい物件ですよね。敷地内にコンビニもありますし、常駐している内科医もいるんですよ。このPANIーHILLS自体が、生活能力を有した小さな集落みたいなものです」  得意げに話す彼女を見て、初めて不動産屋らしさを感じた。今の彼女になら普通の質問が通りそうな気がした。 「ちなみに829号室って、何階なんですか?」 「なんとなく推測出来ません?」 「ああ、やっぱり8階か」 「いえ、17階ですよ」 「全然違った! どこが推測出来るんですか!」 「いや、だから、8と2と9を足して……」 「あ、なるほど、加算するんですね……って、19じゃないですか!?」 「19と言えば、私のファーストキスの歳ですね」 「いや訊いてないし! 意外に遅いなとか、そういうのないから!」  やはり彼女はすっかり829号室の呪いにやられていた。いつ質問しようが、こちらをパニックに陥れるような問答に終始してしまう。  ……ん?  829号室……パニック……?  もしかして、語呂の問題なのではなかろうか。  8、2、9で「パニック」と読むことが出来る。そのことが、言霊を生んでこのような事態に発展しているのではなかろうか。  そんなパッと見で分かるようなことに、俺はここでようやく気がついた。
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