別れんな

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「今はどうしてるんだ?」  簡単に現在の状況のことを聞こうとすると「懐かしい人と話している」なんて冗談から始まるが、少し睨んで待ったら「普通だよ。毎日働いて、ご飯を食べてる。そっちは?」なんてちゃんと冗談じゃない返事もあるのはこんな子だから面白いことが好きで昔っからこんな話が続く。  俺たちはそれから、お互いの知らない間の出来事を話し合った。  高校進学で離れた二人でも別に悲しい別れではなくて普通に遠くになった知り合いくらい。お互いの知らない間の話は賑やかでもある。たとえそれが自分にとっては忘れたいくらいの過去であっても。  概ね彼女のこの間の人生は楽しいものだったらしい。高校も普通に過ごして、大学には進まないで普通の事務職として勤めているらしい。それはもう彼女は得意の面白い話し方で語っているので本当なんだろう。  さて、そして問題は俺のほうだ。自分で言うのもなんだが楽しい人生だったとは思わない。彼女とは大分違う印象の口調でしか話せない。  高校進学の時に俺は自分には似合わない進学校に進んだ。元々成績は悪くなかったからそれからも頑張ろうという選択で、それでも高校まではどうにかなって結構有名な大学に進んだ。それが間違い。  大学には俺よりもよっぽど賢い人間だったらしく、俺は勉強で底辺を這うように大学時代を過ごして、大学のブランド力で優良企業に就職。経歴だけを見ればかなり良いのだけど、本当のことを言うとするなら、俺の選択は間違っていた。  会社では残業続きで全く帰れない。これは大学でダメだった俺だからじゃなくて、この会社がこんなところで、就職のときにダメな俺を拾ってくれた理由でもある。大学の同期たちはもっと楽な仕事をしている。  だけど、そこはやはり優良企業なところもあって、働けばそれだけ金銭的余裕は生まれる。貯金額は気付いてみれば自分でも驚くほどになっていた。その点では他の人たちに負けてない自信はあった。  でも、それにだってロジックはあって、給料自体はそんなに良い訳じゃなくて、毎日残業で休みも少ない。もちろん手当はつくが、そんな生活だとお金を使う時間がなかったんだ。これがあの会社が、優良企業たる一面でもあった。 「俺、なんでこんなに働いてるんだろ」  これは一年ほど前にふと気が付いて呟いた言葉。そしてそれから自分で仕事をセーブし始めた。そうじゃないともうあたまがおかしくなりそうだったからで、その辺は良かったのかもしれない。俺はどうにかただの働きアリで人生を終わらせなくなった。  そして今はもうその会社も辞めてしまって、地元に戻り、普通程度の給料と仕事量の会社に勤め始めた。 「そうして、私との運命の再会ってことか」  これだけ暗くなってしまう俺の話を聞いてもなお彼女は笑顔。馬鹿にしているんじゃない。どちらかというとその逆で「良く頑張ったね」と微笑んでいる。  だけど「運命ってことは、ないだろ?」と返す。あくまで俺たちはそんな関係じゃなかった、筈。少し考えた間があったのは「絶対に」とは言えないから。  そんな戸惑いがちな返答にも「うーん、そうかな?」なんて笑っている彼女は「まだ独身同士だし」とにこやか。それはさっきの過去を話し合ったときに彼女も話さなかったから、俺も特に語らなかった恋愛事情。
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