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王命だから、断れなかった婚約。
理不尽に思えど、グレンならアレクサンドラを蔑ろにはしなかったはずだ。例え仕事に逃げていたとしても、婚約者としてやるべきことはやっていたはずである。
「彼女は、どうしてあれほどまでグレン様に辛くあたっていたのでしょう……」
「私が婚約者として不甲斐なかったからでしょう」
「そんなことっ」
グレンは視線を戻し、ダイアナを見つめる。
ダークブラウンの瞳にしっかりと捕らえられ、ダイアナは息を呑んだ。
誠実で、真摯な瞳。ただ優しいだけではない。その瞳から、グレンの意思の強さも伝わってきた。
「婚約者となったからには、大切にしたいと思っていました。しかし、あの方はそれだけでは満足されなかった。要求が徐々にエスカレートしていき、それについていけなくなってしまったのです。パーカー侯爵令息のようにできればよかったのでしょう。しかし、私には難しかった」
ホレス=パーカーがどのようにしたかは知らない。
しかし、彼の噂はダイアナも知っていた。他国の有力貴族については、常に最新情報を入手し、頭に入れているのだ。
今回の件もあり、更に詳しい情報も新たに手に入れている。
パーカー侯爵家も、グレンの実家であるオーウェル侯爵家に負けず劣らず裕福な家だ。ただ、歴史はオーウェル家に比べて浅い。それに、領地は圧倒的にオーウェル領の方が栄えている。
パーカー侯爵家は、オーウェル侯爵家と張り合っている。
両家の嫡男は優秀で、学生時代の成績も一、二を争っていた。しかし、この二人はいいライバル関係で、仲もいいらしい。
だが、次男は違った。
見目のよい二人の令息。しかし、性格は真逆と言える。
ホレスは派手な顔立ちに違わず、性格も派手好きで見栄っ張り、成績は中の上といったところ。対して、グレンは落ち着いた顔立ちに、冷静で穏やかな性格、成績は常に上位をキープしていた。
そんな二人は、王女に婿入りする最有力と言われていたようだ。
おそらくだが、ホレスは自分が選ばれると確信していただろう。成績は多少劣るが、さして問題ではない。それ以外は自分の方が圧勝だと。
しかし、アレクサンドラが選んだのはグレンだった。
普通ならそこで引き、別の婿入り先を探すところだ。だが、ホレスは違った。
グレンとアレクサンドラが婚約した後も、アレクサンドラを諦めなかった。ことあるごとに接触を試み、アレクサンドラもそれを許したというのだから意味がわからない。婚約者以外の男を近づけるなど、度し難いことだ。
王命で婚約したにもかかわらず、別の男を侍らし、婚約者を貶める王女。
グレンが婚約破棄を言い渡されていたあの場面を思い浮かべ、再び怒りが込み上げてくる。
あの時は、自国を侮辱されたことに怒り心頭だったが、今では、グレンを貶められていたことにも同じくらい怒りを覚える。
「恋愛感情がなくても、互いを思いやっていれば夫婦になれますわ。グレン様もそう思って、アレクサンドラ王女を大切にされていたのでしょう? それなのに彼女は……。私はあの場面しか知りません。ですが、彼女がずっとあんな仕打ちをあなたにしていたとすれば……あなたはどれほど傷ついたことでしょう。私も胸が痛みます」
眉を寄せ俯くと、不意に指先が温かくなった。顔を上げると、グレンの手が触れている。
「あなたが私を救ってくれたのです。……ダイアナ様」
そう言って、グレンがダイアナの指先を軽く持ち上げ、口元に持っていく。そして、ダイアナが止める間もなく、グレンはその指先に口づけた。
「ダイアナ様は私の救世主、いえ、女神です」
その微笑みは、どこまでも優しく、そして甘い。
真摯な瞳は僅かな熱を孕んでおり、ダイアナは激しく動揺する。
待って、ちょっと待って!
こんなの知らない!
熱? そんなものは、私の気のせいに決まっている!
この方は、私に恩を感じているだけ。ただそれだけなのよ!
ダイアナの心の中は、そんな独り言で大騒ぎ状態である。
グレンはそんなダイアナを見て、蜂蜜のように甘く微笑んだ。
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