感じたことのなかった安らぎ(グレン視点)

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感じたことのなかった安らぎ(グレン視点)

 王都で大人気というこのカフェは、木目調の家具で統一され、男性でも入りやすい内装である。  デザートの種類も豊富で、ちょっとした軽食も取れるようになっており、とても使い勝手がいい。それだけに、いつも行列ができていた。  グレンがジーンに付き合って王都に来た時も、たくさんの人間が並んでいた。 『すごい人ですね』 『そうだろう? 三ヶ月ほど前にオープンした店なんだが、かなり評判がいいんだ』 『女性同士はわかるのですが、男性同士でも並んでいますね』 『そうだな。カフェといえば可愛らしい内装の店が多いんだが、あそこは落ち着いた雰囲気らしいぞ』 『なるほど。だから、男性同士でも入りやすいんですね』  ジーンとの会話で、店の様々な情報を仕入れた。その際、予約すれば並ばなくていいことも知った。  予約は、今のところ誰でもできるわけではないらしい。オーナーの知り合いだったり、常連だったりと条件つきのようだが、行きたいのなら話をつけるとジーンは請け合った。  今日、ダイアナと一緒に王都に行くことが決まって、すぐにジーンに話をしたのは、彼女には内緒である。 『イヴリンが散々自慢していたからな。ダイアナも羨ましそうにしていたから、きっと喜ぶだろう』  ジーンはそう言って微笑むと、すぐに店に連絡を取るよう従者に命じた。  そのおかげで、グレンとダイアナはすぐに店に入ることができたのだった。 「素敵……。とても落ち着きます」  お忍びとはいえ、王族のダイアナが来店するとあって、奥の席に通される。そこは人も少なく、比較的静かだ。窓際で外の景色もよく見える。  店に入った途端、ダイアナが感激したようにそう呟いたものだから、グレンの気持ちは浮き立つ。  喜んでもらえてよかった。  ダイアナは他のきょうだいたちとは違い、どこか遠慮している。グレンはそれをいつも感じていた。  他の皆のように気軽に接してほしい。もっとたくさん話をしたい。いろいろな表情を見せてほしい。  時間が経てば経つほど、そう思うようになっていた。  グレンにとって、ダイアナは恩人である。  アレクサンドラの婚約者に決まってからは、常に気を張っていないければならなかった。  彼女の要求は留まることを知らず、それに応えることが苦痛になっていく。彼女の顔を見るだけで胃が痛む。声を聞くと耳を塞ぎたくなる。  アレクサンドラはとにかく愛を請い、グレンを縛り付けようとした。それが苦しくてならなかった。  婚約者として最低限のことはしていたが、それ以上は心と身体が拒否した。  アレクサンドラはそれに腹を立て、グレンを詰る。そして嫉妬を期待してか、ホレスとの逢瀬を見せつけるようになり……。果ては、婚約破棄だ。  一方的に責められ、婚約破棄を突きつけられるなど、他人には酷い仕打ちと映っただろう。だが、グレンはホッとしていた。ようやくアレクサンドラから解放される、と。  それだけでも安堵したのに、更にはグレンを庇う人間が現れたのだ。それが、ダイアナだった。  獣人を貶める発言が許せなかったから、というのが一番の理由だったのだろう。しかし、グレンに対する彼女の態度にも怒りを露わにし、人種差別の激しいあの国から連れ出してくれた。  人間だろうが獣人だろうが、同じ「人」ではないか。人間は獣人を見下すが、人間がどれほど偉いというのか。  知能も変わらない。理性もある。身体能力でいえば、彼らの方が著しく高い。獣人が本気で牙を剥けば、人間などあっという間に駆逐してしまえる力を持っている。  だからこそ、人間は獣人を恐れる。その恐れをひた隠すため、彼らを下位に位置づけているだけなのだ。  グレンは、そんな考えに辟易していた。相手が王女でなければ言い返してやりたかった。  そして、そんなグレンの代わりに反論してくれたのもダイアナだった。  ダイアナはグレンを救ってくれた恩人で、女神のような存在。  だが、今は──  ダイアナ様が俺にとって女神であることは変わらない。が、敬うだけではもう足りない。  彼女といると心が安らぐ。楽しい。嬉しい。──愛しい。  誰かといてこんな気持ちになるのは、グレンにとって初めてのことだった。
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