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理不尽な王命
グレンがティアル王国にやって来て、三ヶ月が経った。
穏やかで平和な日々に、傷ついた心の傷も徐々に癒え、顔つきも随分変化していた。
元々柔和な顔立ちをしていたが、アレクサンドラの婚約者だった頃は、表情が抜け落ちていた。心を殺さなければ、彼女の側にはいられなかったのだ。
しかし、ティアルに来てからは感情がよく動く。
一番最初にグレンの凍っていた心を溶かしたのは、リオン、フローラ、アイリスといった幼い弟妹たちだ。
いつも元気いっぱいの彼らはあっという間にグレンに懐き、素直な感情をぶつけてくる。それにつられるように、彼の感情や表情も戻っていった。
他の王族や王城で働く獣人たちも、グレンの心を癒した。彼らは皆、グレンを大切にし、少しの憂いもないよう常に気遣っている。
彼らにとって、獣人や人間など、種族の区別はなかった。
『ティアル王国には、人間も結構いるのですね』
初めて王都を訪れた時、自分と同じ人間たちもそこそこ見られ、グレンはそのことに驚いた。
聞けば、ティアルでは人間に対する差別などはないということだった。
大国では、人間も獣人も対等で、それが当たり前のこととされている。周りの小国もそれに追随し、獣人に対する偏見や差別などはほぼなくなっている。
にもかかわらず、マネルーシ王国だけはいまだに根強く人種差別が残っている。マネルーシで獣人を見ることはほぼない。地方にはいるかもしれないが、少なくとも王都では見かけたことはなかった。
マネルーシは、意識改革が大きく遅れ、周辺国から取り残されている。
それは薄々感じていたことだが、ここに来て強くそう感じた。
家族にはそういったことも手紙で詳細に伝えており、オーウェル侯爵もそれに同意し、憂いている。政治にも強い力を持つオーウェル家なので、それとなく王家に進言しているらしいのだが、こびりついた古い考えを剥がすのは容易ではない。
ただ、家族だけは味方であることにグレンは安堵し、感謝していた。
そんな中、家族からの手紙と同時に、マネルーシ王家の封蝋のなされた手紙も届く。グレンは嫌な予感がした。
「グレン様、どうかされましたか?」
封を受け取って呆然とするグレンを案じ、ダイアナが声をかける。
「やはり、あちらはまだ未練があるようだな」
「え?」
振り返ると、ジーンがいた。ダイアナは、その言葉に目を見開く。
「お兄様、どういうことですか?」
「そのままだよ。今グレンが受け取った二通の手紙のうち、一通はマネルーシ王家からだ」
「マネルーシ王家から……」
グレンは困ったように眉を下げ、小さく頷いて肯定した。
「グレン様に、戻ってこいとでも?」
自分たちがグレンを追い出したも同然というのに。
悔しさのあまり、ダイアナの手が小刻みに震える。
グレンはその震えを抑えるように、ダイアナの手を握った。途端に、ダイアナの頬が赤く染まる。
「グレン様っ……」
「ダイアナ様、この手紙を一緒に見ていただいてよろしいですか?」
王家からの手紙を指し、ダイアナに尋ねる。ダイアナはすぐさま首を縦に振った。
「もちろんですわ」
「私は?」
ジーンがにっこりと微笑みながら自分を指差す。
「お時間があるなら、ぜひ」
ジーンは口角を上げ、力強く頷く。そして、自分の執務室へ来るように言った。
「大体の内容は想像できる。さて、どう対応してやろうか。散々コケにされたのだから、それに報いてやらねばな」
「お兄様……悪いお顔になっています」
「ふふ。楽しみなことだ」
何かを企んでいるジーン、それを窘めるダイアナ。
たった一人では、マネルーシ王家に太刀打ちできない。だが、今のグレンには心強い味方がいる。
「私はなんて恵まれているのか。……感謝いたします。ジーン様、ダイアナ様」
深く頭を下げるグレンに、二人は悠然と微笑んだ。
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