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「あはははは、やはりな! とんでもないことだ!」
王家からの手紙を読み終えたジーンは、声をあげて笑った。一方、ダイアナは下を向いて身体を震わせている。グレンは、ぐったりと項垂れていた。
マネルーシ王家は、グレンに国に戻ってくるよう命じた。アレクサンドラの言い分だけを聞き、一方的に婚約破棄、ティアル王国へ行くように仕向けたことへの謝罪は一切なく。
そして、ティアルで不憫な思いをしているだろうグレンに、自国に戻ることを許す、家族にも会いたいだろう、というのだ。
今更マネルーシに戻って、どうしろというのか。
婚約破棄による瑕疵は、女性に比べて影響は小さい。
しかし、一度でも王族に睨まれたグレンを婿入りさせようとする家があるか。ないなら結婚などせずに身を立ててもいいのだが、最悪なのは、再び王命で相手を決められてしまうことだ。
「いったいどういうつもりなのでしょう……!」
ダイアナの声に怒りが滲む。
臣下をなんだと思っているのか。王家が何もかも思いどおりにできるとでも思っているのか。
「あの癇癪持ちの王女が、また親に縋ったのだろうな」
「でも、王女とグレン様の婚約はすでに破棄されています!」
それなのに、親に縋ってまで無理やりグレンを国に戻す必要性はどこにあるのか。
グレンが、疲れたように言った。
「パーカー侯爵令息との仲睦まじさを側で見ていろ、ということなのでしょう」
「意味がわかりません!」
思わず声を荒らげてしまう。
婚約者との仲を元婚約者に見せつけて、何の意味があるというのだろう。
ダイアナには全く理解できない。
「いい趣味をしている」
「お兄様!」
「ダイアナらしくなく、取り乱しているな」
「だって……!」
怒りでどうにかなりそうだった。
アレクサンドラは、どこまでグレンを馬鹿にすれば気が済むのか。
「あのクソ王女は、よほどグレンに惚れているらしい」
「は?」
淑女らしからぬ声をあげただけでなく、あんぐりと口を開けてしまった。
あまりにも驚き、怒りが込み上げたので、ドレスがぶわりと膨らんだ。尻尾が逆立っているのだ。
ダイアナは慌てて口を閉じ、無表情になる。恥ずかしくてたまらなかったが、今はそれどころではない。
「自分に振り向かせたい、嫉妬させたい、そんなところだろう」
「彼女の考えることはわかりかねます。あの方の態度からすると、とても好かれたいとは思えません。むしろ、嫌われていると思っていました」
我儘放題で、いつも自分の気持ちを押し付けるだけ。
あれやれこれやれ、こうすべきああすべきと口うるさく、精神までも支配しようとする。まさに暴君だ。
「それでも、グレンの愛を欲していたんだよ」
一見優しい言葉だが、ジーンの声は皮肉げだ。冷静沈着な彼でさえ、表情を歪めていた。
「両親も、このことは知っているようです。自分たちのことはいいから、私の思うようにすればいいと」
グレンは、家からの手紙にも目を通していた。
ここで王命を無視することもできる。そうしても構わないと言うのだ。
だがそうすれば、オーウェル家の立場が悪くなることは明白。
「グレンのご両親は理解がある。だからこそ、迷惑をかけたくない……だろう?」
ジーンの問いに、グレンは頷く。
家族を思うなら、王命に従うべきだ。しかしそれは、アレクサンドラの思惑どおりとなり、大層癪である。
「多少強引になるが、打開策がないわけでもない」
「ジーン様!?」
「お兄様、その策とはいったい……」
ジーンは、これ以上ない企み笑顔で、二人に確認する。
「ダイアナ、この状況を打開するために、その身を捧げられるか?」
「はい!」
「ダイアナ様、いけません! 私のせいであなたがそのようなことを……!」
「グレン、お前も覚悟を決めろ」
「!」
その一言で、グレンにはわかった。ジーンの言わんとすることを、一瞬で理解したのだ。
グレンはその場で跪き、頭を垂れる。
「承知いたしました」
戸惑うダイアナをよそに、ジーンは満足げに何度も頷いた。
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