アレクサンドラの誤算

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アレクサンドラの誤算

 オーウェル侯爵夫妻、グレン、アレクサンドラ、ジーン、ダイアナの六人が控室に揃った。  従者は飲み物や軽食を用意した後、部屋を出る。これはアレクサンドラの指示だろう。 「オーウェル侯爵、侯爵夫人、会場内ではゆっくりお話できなかったでしょう。こちらでご子息との語らいを存分に楽しんでちょうだい」  アレクサンドラが口火を切る。侯爵夫妻は礼を述べ、グレンに優しく微笑みかけた。  二人とも、安堵と喜びが入り混じった顔をしている。  彼らにしてみれば、突然息子と引き離されたようなもので、手紙のやり取りをしていたとはいえ、顔を見るまでは何かと心配だったろう。 「ところで、グレン」  アレクサンドラの声に、グレンは彼女の方を向く。その表情を見て、ダイアナは密かに息を呑んだ。  怖いくらいの無表情である。  かつての彼はそうだったかもしれないが、少なくともダイアナはグレンのそんな顔をみたことがなかった。  しかし、アレクサンドラは平然としている。  アレクサンドラにとっては、今のような冷淡な表情をしているグレンが普通なのだろう。  自業自得と言ってしまえばそうだが、アレクサンドラが気の毒に思えてきた。  穏やかな春の日差しのような温かい微笑み、熱のこもった真剣な眼差し、彼女はそういったグレンを見たことがないのだ。 「あの時は私もどうかしていたわ。あなたへの想いが溢れすぎてしまったのでしょう。申し訳なかったわ」  アレクサンドラの謝罪に皆が驚く。だが、グレンは眉一つ動かさない。  しかし、彼女はそんなことはお構いなしに後を続ける。 「だから、戻っていらっしゃい。ティアル王国に行かせたけれど、慣れない国ではいろいろと大変だったでしょう。婚約破棄も取り消してあげるわ」 「パーカー侯爵令息とご婚約されるというお話では?」  グレンの声は、氷のように冷えきっている。  ダイアナは内心ハラハラしているのだが、やはりアレクサンドラは何も感じていないようだ。  表情や声でこれほど拒絶されているというのに、どうして彼女にはそれがわからないのだろう?  ダイアナは不思議でならない。 「ホレスともちゃんと話し合ったわ。私には、グレン、あなたしかいないの。あなたと離れて、それがわかったのよ。だからやり直しましょう。今度は私、上手くやれると思うの。オーウェル侯爵ももちろん了承してくださるわよね?」  有無を言わさぬ視線で、アレクサンドラが問う。  アレクサンドラがここまで自信を持って言っているのだから、王や王妃も承知しているのだろう。だとすれば、オーウェル侯爵が拒否するのは難しい。  それにしても、国王夫妻はアレクサンドラに甘すぎる。  オーウェル侯爵は国の重鎮でもあるのに、そんな家を馬鹿にするかのような娘の行為を咎めもしないとは……。  ふと隣を見ると、ジーンも呆れ果てている様子が見て取れた。もちろん表情には出ていないが、ダイアナにはよくわかる。  オーウェル侯爵は、かろうじて冷静さを保っていた。しかし、夫人は扇で顔を隠し、僅かに震えている。  聞けば、婚約時もかなり強引だったという。グレンは乗り気でなかったのに、王家の権威を振りかざして無理やり婚約者にしたようなものだった。  なのに、グレンをいいように振り回し、傷つけ、婚約破棄という不名誉を与えた。  これを最大の侮辱と言わずして、何と言おう。その上、やり直す?  想像はしていたが、本当にそうなるとは。……眩暈がしそうだ。 「了承いたしかねます」 「そう! 了承して……」 「いたしかねる、と申し上げました!」  オーウェル侯爵の怒りの声に、アレクサンドラが目をぱちくりとさせる。拒否されるなど、微塵も思っていなかったのだろう。 「は? いったい何を言って……」
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