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目撃
*
「グレン=オーウェル! もう我慢なりません! 私はあなたとの婚約を破棄いたします! そして、新たにホレス=パーカーと婚約するわ!」
庭園を歩き出した直後、女の怒鳴り声が聞こえた。
ダイアナとジョナスは顔を見合わせ、きょとんとする。
「婚約破棄? こんな場所で? しかもあんな大きな声で宣言するなんて。どこで誰が聞いているやらわからないのに」
ダイアナが眉を顰めてそう言うと、まったくだというようにジョナスも頷いた。そして、交流会会場に戻ろうとダイアナを促す。
「だいたいあなたは、王女である私を娶るという誉れを与えられたというのに、いつも私のことは後回し! 蔑ろにしてこられましたわね?」
「私はそのようなことは……」
「口答えするつもりなの? あなたはいつだって仕事が優先、私のことはいつだって最後。私が会いに来ているというのに、あなたは私の相手をせずに仕事ばかりでしたわよね? 観劇に行きたいと言っても一緒に行ってはくださらなかった! そんなあなたに代わって私を慰めてくれたのは、いつもホレスだったわ!」
「当然です、アレクサンドラ様。私はあなたを愛しておりますから」
「ホレス……」
「アレクサンドラ様、あなたにはそのような悲しいお顔は似合いません。私なら、そんな顔は絶対にさせない! 私にとってあなたは至上、もっとも大切な方なのです。あなたは一番に優先されるべきだ。私ならそうする。アレクサンドラ様、私はそれを神に、そしてあなたに誓います」
すぐにこの場を後にするつもりが、つい聞き耳を立ててしまった。悲しいかな、好奇心には勝てなかったのだ。
ジョナスは、すでに諦めたようで溜息をついている。
二人は、向こうからは見えない死角に移動し、会話を聞き続けた。
「あなたはいつも気がきかない。私を喜ばせることをしない。こんな方が婚約者なんてとんでもないことだわ。私はなんて不幸なのでしょう!」
「アレクサンドラ様、あなたが不幸であっていいはずがございません! 私はあなたを幸せにして差し上げたい。いや、幸せにしてみせましょう!」
「ホレス!」
「アレクサンドラ様!」
まるで演劇の舞台を観ているようだった。それくらい、女とその隣にいる男が盛り上がっているものだから。
ただ、婚約破棄された男の方は小さく項垂れ、ほとんど言葉を発しない。何か言おうとしても、女に遮られるだからそれも仕方ないのだが。
この頃には、ダイアナは彼らがどのような人物であるかを把握できていた。
先ほどからキーキーと耳障りな声で怒鳴り散らしている女は、この国の王女であるアレクサンドラ=マネルーシ。彼女はこの国唯一の王女ということで、国王夫妻は溺愛していると聞いている。
そして、婚約破棄宣言をされた相手は、グレン=オーウェル侯爵令息。
オーウェル侯爵家といえば、マネルーシ建国から続く名家で、堅実な領地経営でも定評がある。オーウェル領は、王都に負けず劣らず発展しているともっぱらの評判だ。
グレンは、そんなオーウェル侯爵家の次男で、王女アレクサンドラとの婚約は、確か王命であったはずである。
「この国の王女は、王命を反故にしようとしているのかしら?」
「そういうことになりますよね……」
ダイアナの言葉に、ジョナスは手を額に当てている。
そして、アレクサンドラの隣に侍っている男は、ホレス=パーカーと言っていた。パーカー侯爵家の令息だろう。
それにしても、とんだ修羅場である。
王女も二人の令息も美しい容姿をしているのだが、場面は全然美しくない。むしろ、醜い。
今は夜会の最中だし、ここの方が人目はつかないのかもしれないが、外でこんな話をするなど言語道断である。付き従う王女の護衛たちに諫める権限はないだろうが、誰か止めろよ、と思わずにいられない。
アレクサンドラは自分に酔っているようで、言っていることがもう滅茶苦茶だ。
自分がいかに美しく高貴であり大切にされるべき存在か、自分と婚約できるなどどれほどの幸福と栄誉を賜ったのか、などを延々と語っている。聞いているだけで、もうげっそりである。
「飽きたわ」
「戻りましょう」
ダイアナとジョナスが疲れた顔で踵を返そうとした、その時だった。
アレクサンドラは、とんでもないことを口走る。
「グレン! 何とか言ったらどうなの!? あなたは私に婚約破棄されそうになっているのよ? 何とも思わないの? 信じられない! こんな薄情な人だとは思わなかったわ! あなたなんて、野蛮な獣人国にでも婿入りすればいいわ!」
ブチッ。
ダイアナの中で、何かが切れる音がした。
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