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 奴とは旅先で出会った。まだ俺が大学生の時だった。 *  買い換えるからと従兄から貰ったマウンテンバイクに簡単な野営道具と着替えだけを積み、梅雨から逃げる様に北の大地に飛び出した。  初めての地は見るもの全てが新鮮だった。  ただ、同じことを思って走っている奴はそう見ることがなかった。  時期の問題だ。俺はこの年、前期試験を放棄する形でその地を走っていた。  深い意味はない。二年の春、一年過ごした学部学科が本当に自分に合っているのか唐突に判らなくなったのだ。  前の年に何となくあれこれとやっていたバイトのおかげで資金はまあ、多少はあったことも、俺の背を押したかもしれない。  北の大地の縁を、フェリーの着いた小樽から時計回りに走り出した。天気に恵まれたせいか、トンネルや起伏にもめげず、数日で最北端にたどり着いた。  その日は運良く空は抜ける様な青だった。  風も無い日、海がまたそれを映して静かにただ青かった。  この景色を、そして何と言ってもやってきたか証拠の写真を撮ろうか、とリュックから使い捨てカメラを取り出した。  だがその時は団体の中年女性の観光客がわらわらと日本最北端のモニュメントの側に群れていた。その頃の俺は、女性達の群れというものが苦手だった。  早くどいてくれないかなあ、なんて思っていた時に、ぽん、と肩を叩かれた。 「なあ、ちょっとシャッター押してくれん?」  背後からいきなり声を掛けられたから驚いた。 「何、そんなに驚かなくても」 「あ……」  俺はすぐに反応できなかった。ここ数日というもの、格別人と話をすることなく、ただ黙々と走っていた。口が咄嗟に動かなかったのだ。
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