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何だかんだで俺は奴とその日、稚内の丘の上、同じ野営地にテントを張ることにした。
奴は手慣れていた。
俺のおぼつかないロープの張り方を見ると、当初は手を出してきたが、終いには自分のテントに寝ればいい、と言い出した。
ずいぶん積極的な奴だなあ、と俺はおたおたするばかりだった。
奴は俺とは違って縁ではなく、中央を進んできたのだと言った。
「涼しいと思ったのに瞞されたって思ったわ」
何でも酷く暑かったのだという。
「天気がいいのはいいんだ。雨は自転車旅の大敵だからな、けど暑いのも結構くるぜ」
「そんなに暑かったのか?」
「そっちはそうじゃなかったのか?」
「いや初めてだから、まあこんなものかな、と思ってたけど。でもこの辺は涼しいよな」
焚き火をつつきながら空を眺めた。見上げると、もの凄い星が視界に入ってきた。降ってくる様なとは良く言ったものだ。
「そりゃ、うちの辺りとは違うけど。でも思うだろ? ここまで来て何で暑いって思わないといかんの? って」
「まあそうだけど」
「でもまあ、ここは涼しいなー。火が無くちゃかなわんわ。お前この後何処行くの?」
「……あ、時計回りを続けるよ」
「そうなんだ。一緒に行かねえ?」
その時俺達はようやく名前を聞き合った。奴は自分の名に不満そうだった。
「詞なんて、誰が読めるって言うんだよ。漢字が判らないって言われたらまず歌の歌詞の詞っていちいち説明して驚かれるんだぜ」
まあそこは共感できるところだった。
俺も名前にはよく悩まされたものだ。親はうちのきょうだいに茜だの紫だの、色と花を掛けた名をつけたつもりらしい。
だが今の学部学科の友人達は源氏物語の葵の上をすぐに連想した。そういうところなのだ。
奴は何だよ、とふてくされた様な声で返した。
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