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奴が死んだ時、俺は相当腹が立った。
いつか引退したら、また一緒に長旅に出ないか。
それは最初の就職先を辞め、一緒に小さな会社を初めてから、奴が口癖の様に言っていたことだった。
お互いそれからも色々あった。結婚もしたし、子供もできた。もう孫だって居る。
やっとある程度悠々自適な日々を送れる様な歳になったというのに。
何だってお前はいきなり逝ってしまったんだ。
*
知らせを聞いた日は雨だった。
庭に裸足で飛び出し、天に向かって何度も悪態をつく俺に、仕事だけで無く、趣味の相棒が亡くなったことで、とうとうおかしくなったと妻は思ったという。
様々な手続き上のことが過ぎてから、奴の細君が俺のところにやってきた。俺宛の手紙を頼まれていた、と。
中には、あのランドナーを俺に譲るとあった。
彼女はこう付け加えた。
「あのひとはずっと楽しみにしてたんです。あなたと一緒に走るのを。でも病気は待ってくれなかった」
ぜひ、と彼女は言った。見ると思い出して辛いとも。
「あなたと一緒にまたあの長い道を走りたい、とずっと言ってましたから」
「……エサヌカ線」
「そう、言うんでしたね」
彼女はさほどに旅に興味は無いのだという。それでも。
「あんまり繰り返し繰り返し言うから、変わった名だし、覚えてしまったんですよ」
「繰り返し…… ですか」
「はい」
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