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少女の凱旋と考察
アカデミーの初年生、マリルカ・フランドールは、約1ヶ月ぶりに自宅に戻った。
息を吐く間も惜しく、配下の人間を呼びつけた。
制服を脱ぎ捨てていると、王宮法務事務次官が、おっとり刀で駆けつけた。
「お着替え中失礼いたします。お帰りなさいませ。殿下」
黒かった髪が、また頬のそばかす、そして、ブラウン色の瞳が、みるみる変っていった。
世界で最も美しいプラチナブロンドと、透き通るような肌の、青い目の王女が、ここに顕現していた。
「変装魔法って、結構維持に難ありね。誰か、私以外に得意な人間て、いる?」
「ちょうど、ファルコーニ家の末子が、空いております」
よりによって、百面相の一族、ファルコーニ?でもまあ、面白いじゃない。
「状況が落ち着いたら、会ってやってもいいわ。ただまあ、状況落ち着いたら、アカデミー以外で使い道ないじゃんか。マスカレードなんか。で?見付けた?お父様を狙った毒殺犯は」
「言葉尻を捉えますと、まるで王陛下が毒殺されたようですな?」
これは、あまりに危険な物言いだった。世界の御稜威、中つ国の王、グラム・エル・ウィンシュタット陛下に、今の言葉は不敬罪に当たりかねなかった。
「放っときゃ遠からずそうなるわよ」
その娘、ミラージュ・デラ・ウィンシュタットの言葉は、それ以上に過激だった。
「だから、そうさせないように、わざわざアカデミーから戻ったんでしょ?毒味役のアーナスは?まだ生きてる?」
「集中治療を受けておりますが、恐らく、後遺障害は免れませんでしょうな」
「その後の家族の面倒は見るって、奥さんには伝えて」
その言葉に、嘘はあるまい。だから、法務事務次官、ガリバー・クロムウェルは、この過激な王女に忠誠を誓ったのだから。
「私が、曾お婆さまの家名まで使って、アカデミーに潜入した努力を解せ。報告しなさい。クロムウェル」
ドレスのスカートを翻して、王女は椅子にふんぞり返って足を組んだ。
彼女の言葉通り、フランドールは偽名ではなかった。
実在した曾祖母が、シンダーエラ・パル・ウィンシュタット。王に輿入れする前に名乗っていたのは、シンダーエラ・フランドールだった。
兵馬と政、その全てに恐ろしい造詣を深く有した王女に、クロムウェル法務事務次官は、しゃちほこばって説明を始めた。
「まず、先週奔死した、ユリアス・ブレイバル卿ですが」
「現代の勇者と祭り上げられた男の末路が、猟奇殺人者とはね。新聞読んだわよ?」
「実際、捜査室の動きは、迅速でしたな」
「はっ。タルカスの奴でしょ?あいつの先輩で、ジョナサン・エルネストの親友だったもんね。ピンときたんでしょ?先生が、よそよそしかった男だもん。まあ、あれの嫁とか言われなくて、よかったわ流石に」
ミラージュ王女は、初めて謁見した、ブレイバル親子のことを思い出していた。
初めて見かけたのは、父親に連れられて、父親に謁見した時のことで。
ああ?これが?私の未来の夫候補?はっ。
今にも、女を殺したくて、ウズウズしてるわね?
ああ、本質的に、恋愛観のねじ曲がった死体愛好家でしょう?ああ、3日前に、犬か猫殺してるわね。
大体、ガストンがこいつの父親?耳の形違うし。
あああ。ホントの父親知ってるわ。アブラハムの奴でしょ?ファツース流魔法剣術総師範とかいう、いけ好かないおっさんで。
妹連れてあいさつに来たのよね?アミダラだっけ?母親そいつ。
って、げえ。兄妹でやってたの?あいつ等。
既に、これだけの情報を、ミラージュ王女は得ていた。
恐ろしすぎる、記憶力と洞察力だった。
で、ガストンケホケホ言ってるし、すぐ死にそうな奴を、普通謁見させる?
結核でしょ?誰もエビルの「家庭の医学あれやこれや」読んでないの?空気感染する伝染病じゃない。
とっさに、王女はエアスクリーンという魔法で、玉座とガストンの間をシャットアウトしていた。
全く、誰も本読んでないって、駄目ねどいつもこいつも。
生まれながらの殺人鬼というものは存在しない?異常としか言えないような環境に、幼い子供飛び込ませる周囲の異常性そのものが殺人者を生み出す?
諳で覚えている。エビルの論文だった。
殺人者というものは、その異常性に醸造された結果でしかなく、そもそもそれと関係性を持たざるを得ない、人間関係そのものにある?
300年前の、賢人アライダー・ファーストエビルの論文「シリアルキラーは存在しない」は、うちの書庫にあったのよ。読んだばっかりだし。
何?それって引きこもりの理論武装か何か?関係絶った引きこもりなら、そりゃあ人も殺さないでしょうけど。
だったらこう言うわよ?いい年して引きこもってるような奴は、それだけでほぼ殺人者と同レベルよ。異常な人間関係は解るけど、それでも、人を殺さない人間の方がはるかに多いっつうの。
あんまり大したことないわね。アライダー・ファーストエビル。
あ、もう死んでる?うちのディーテみたいなんじゃなければ。
ああ問題山積。人殺しになりそうな奴ばっかりじゃんか。
だったら、それを生み出さない方法きちんと示せ。引きこもり。
当時、2、3歳だった王女は、5歳だったユリアスを、そう結論付けて見ていたのだった。
まあ、最低ラインあいつを飼う危険性は解るけど、それでも、危険を承知であれを王宮に入れなきゃならなかった、私の苦労を解せ。
ああ、忘れかけたわ。ユリアスを殺したのは、誰かってことね?
ゼニスバーク本社襲撃した日の夜、だったのよね?ユリアス死んだのは。
――有り得るの?あの、敵対勢力に対する、強力すぎる心理的ブレーキになると私が判断した、あの男を殺せる男が、身近にいる?
タルカスは、不承不承自殺って結論付けてたけど、どうせ、反校長で連合のシンパだった理事メンバーを殺したのは。
先生。うちにいたあのボンクラが、ユリアスを?
毒殺なのは明らかよ。インフェルノホルニッセ辺りじゃない?
でも、ホーラーワームなんか、直接飲み込ませなきゃならないのに。ユリアスの口に。
やる気だったユリアスに、そこまで、接敵出来るもんなの?
先に死んでたのは理事メンバーで、ユリアスビビらせて、死体をバラバラに切り刻んでることろを、背後からって、普通無理でしょ?
既に、王女は数百パターンの、現場の再現を脳内で行っていた。
結論。無傷では絶対に不可能。やれるのは、化け物くらいしかない。
でも、あれが魔力ボンクラなのは事実。そこに矛盾が生じる。
把握は不能でも、先生は、勇者の末裔なのは事実だし、先生なら、きっとお父様を、救えるかも知れない。
まあ、勇者イーサン・エルネストの伝説は蘇り、あの連合すら粉砕した先生の実力。
いえ、その結果よ。要するに、彼の弾き出した結果ね。連合潰してユリアス殺して、全くの無傷っていう、結果よ。
王女の思考はグルグルと回り、クロムウェルの報告を、殆んど上の空で聞いていた。
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