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隣に君が居てくれたから
「残念ですが、あなたの余命は残り3年です⋯⋯」
そうお医者さんから余命宣告をされたのは去年、桜が満開に咲き乱れている春の事だった。
あれから刻一刻と、時の流れは止まることなく進んで行く⋯⋯死に向かって歩いているのだ。
そんな恐怖と格闘する日々。
でも、俺はまだ生きていたい⋯⋯という希望を持ち続けている。
生きて⋯⋯まだ未体験な事を、これから先の未来皆が当たり前に出来るであろう事を、沢山味わいたいのだ。
だから、無理だと分かっていても⋯⋯無謀だと笑われても寿命を伸ばす方法をひたすらに模索し続けている。
☆。.:*・゜
俺──華岡流翠は今日、ネットで最後の手段を使った。それは、医者をしている人が開いている質問投稿サイト。俺は、固唾を飲みながら返信を待つ。そして、一時間くらい経った頃。ぴこんっとメールがなった。
期待を胸に、携帯電話を開く。そこには、希望を潰すような一言が⋯⋯記されていた。
『そんな方法が、この世にある訳がないだろう?』
否定一択の意見に、奇跡なんてやっぱりある訳が無いんだ⋯⋯そう絶望の淵に立たされた。そして、生きる事を諦めようと決断する。
一人でとぼとぼと屋上へ続く階段を上り、扉を開く。満点の青空が俺の死を嘲笑っている様に見えて切ない。どうせ死ぬのならば、今逝った方が気が楽だ。ゆっくりとフェンスを上り、落ちる手前の所まで進む。
「さようなら、俺の人生⋯⋯」
そう告げて、片足を前に出そうとした時。屋上の扉が、がたんっと大きな音を立て開いたのだ。誰がここへ来たのか検討も付かなかった俺は、ひとまずその場で待機した。
すると、黒いフードを深々と被り顔には仮面を付けている謎の人が現れた。そして、その人が手を上げた瞬間⋯⋯俺は、宙へと浮かびフェンス内へと降ろされたのだ。一体何が起きているのか、頭が混乱して状況の把握が出来ないでいると⋯⋯
「あの、華海楓弦さんで間違いないでしょうか?」
何故名前を知っているのか?
そん疑問よりも、初めて聞く柔らかくてか細い声にどうしてか安心感を覚える。声からして女の人だと思う。恐る恐る、質問返しをした。
「どちら様、ですか⋯⋯?」
取り繕った笑顔で、俺はその女性に質問をした。
「あっ⋯⋯私は、咲羅颯香と言います。あなたを救いにここへ来ました」
「えっ⋯⋯どういう、事ですか?」
何を言っているのか訳も分からず、頭が真っ白になる。
「私は、あなたの余命宣告を取り消す事が出来る、いや詳しく言うとそのサポートをするんです」
「マジックじゃああるまいし⋯⋯そんなことが出来るなら、とっくにしてますよ。」
俺の事を、からかおうとしているのだろうか?
だとしたら、許せない⋯⋯。返答を待っていると仮面の奥から真っ直ぐで純粋な瞳がこちらを見ていた。
「それが可能だから今、私はここに居るんです」
颯香さんの瞳に嘘は無かった。どこまでも素直で信用するに値する人だとここで確信した。
「でも、一体どうやって⋯⋯?」
「私も詳しくは聞かされていないのですが⋯⋯楓弦さんが残りわずかの時間で運命の相手を自力で見つけ出す事が第一条件らしいです⋯⋯」
「へっ⋯⋯?」
何故、そうなってしまうのだろうか。初恋もまだした事がないと言うのに。そもそも疑問だらけなのだ⋯⋯恋とは、好きとは一体何なのだ?
考え込んでいる間に、もっと衝撃的な発言を颯香さんがした。
「その後、お相手の方を見つけられたら⋯⋯口付けを交わすみたいです⋯⋯」
流石の颯香さんも読んだ後に戸惑いを隠しきれていないようだった。ますます話が読めない。何故、口付けをしないといけないのか⋯⋯?
寿命と、どう関係してくるのか不思議でならない。
けれど一つ言えるのは、既にその相手と会っている可能性があるという事だ。でも、俺はかなり前に記憶喪失になっている。だから手がかりを失っている状態なのだ。三年経った今──高校一年生の現時点でも過去の事を思い出せない。
「うーん、それは無理だと思います⋯⋯残り二年でそんな事」
溜息をつきながら、俺は腑抜けたように言った。すると、少し怒っているのかいきなり口調がきつくなった。
「なんで⋯⋯どうして自分の人生をそんな簡単に諦めてしまうんですか⋯⋯?
私⋯⋯楓弦さんには生きていて欲しいのに⋯⋯」
「どうして⋯⋯?」
不思議に思い聞き返すと、颯香さんは我に返った様な顔をして
「あっ、なんでもない⋯⋯です。そんな事より、とにかく私は楓弦さんの手助けをしに来ました⋯⋯出来る限りの事はサポートします!」
何かを隠そうとしているのは、見え見えだったが今は気づいていない振りをするのが無難だろう。
「俺、本当はまだ生きていたいんだ。だから、頑張ってみるよ⋯⋯」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、颯香さんの口角はみるみると笑顔になっていった。
まるで、太陽みたいに俺を照らしてくれているようだった。
「私は、楓弦さんに名前を呼ばれればここに来ます。何かあったらいつでも頼ってくださいね」
と言い残して、姿が霧のようにして消えていった。
「なんか、夢のようだな」
静まり返った屋上に、俺の囁き声が響いていた。
☆。.:*・゜
何日かが経過し、俺は久しぶりに夢を見た。恐らく、過去の記憶の断片だと思う。
顔は思い出せず靄がかかっている。でもある少女と、とある日に出会ったのだ。その子と親しくなっていく度に、惹かれていった。この時に俺は、初恋をしていたんだ。
それに気付いてからは、毎日の様に彼女と神社の石段の所へ座り話をしていた。
”好き”っていう感情が、まるで風船に空気を入れていくみたいに大きくなっているのが自分でもよく分かっていた。でも、夢の最後辺りで彼女は石段の所へ二度と現れなくなるという切ないシーンで終わってしまった。
まだ見ていたい、全てを知りたい。そう思っているけれど、身体が言うことを聞いてくれない。
徐々に現実へと引き戻されていく一方で、手を伸ばして欠片を掴もうともがいている自分がいる。でも届かないほど、その記憶の断片は遠ざかっていった。
きっとあの子が俺の初恋だったのかもしれない。けれど今、どこにいるのか見当も付かない⋯⋯。
「颯香さん、来てくれませんか⋯⋯?」
もやもやしたまま早速、彼女を呼んでこの事を相談してみる事にした。
すると、霧が黙々と立ち上がりその中から姿を現した。
「お久しぶりです⋯⋯楓弦さん、来ました」
「お久しぶりです、あの俺⋯⋯少しだけ記憶の断片を思い出したんです」
「どんな内容だったのですか?」
颯香さんの口角はいつもとは少し違って、とても真剣な表情をしていた。
「俺は、過去に一人の少女に恋をしていたんです。その人と神社の石段で会える度に気持ちが大きくなっていたけれど、突如としてその人は現れなくなったんです⋯⋯」
その話を聞いた颯香さんは、雰囲気が一瞬⋯⋯曇ったように見えた。しかし、直ぐに笑顔に戻っていた。やっぱり、彼女の雰囲気や言葉から察するに、俺達には何か繋がりがあるような気がするのだ。
「なるほど、そんな事が⋯⋯。では、次のステップですね。その少女を探し出す⋯⋯」
何処か寂しげに俯いていた。気付いていない振りをして俺は「はい!」と答えた。
探し出すにせよ、手がかりが掴めていない以上何も出来ない。
頭を回転させすぎた影響と薬の効果もあり、また深い眠りに付いていった。
さっきの夢の続きからだったのか否か、俺はいきなり少女⋯⋯に話しかけられた。
「まだ、思い出せてないんだよね⋯⋯?
私、ずっと待ってるから⋯⋯だから、さくらを⋯⋯っ!」
途切れ途切れでしか聞き取れなかったが”さくら”という単語⋯⋯そして、少女の顔。二つは繋がるはずだ。
そう考えていた時⋯⋯、場面が急に変わった。
今度は、お葬式場のシーンになっていて、その場に俺は棒立ちをしていた。
「なんで⋯⋯ここに居るんだ?」
訳も分からなく、辺りを見渡す。すると、右の通路から母親が走ってこちらの方に駆け寄ってくる。
「楓弦!なんでそんなところに突っ立っているの!颯香ちゃんが、亡くなったというのに!」
「は?ど、どういう事だよ!」
どうして颯香さんの名前が⋯⋯出てくるんだよ?
しかもこれは、記憶の断片⋯⋯のはずなのに。
「とにかく、楓弦も行くよ!」
母さんに手を引かれながら、俺は苦しそうに涙を流していた。断片とはいえ、夢だからか上から見下ろしている感じに見えている。
左の角を曲がった時、花がたくさん手向けられていてその真ん中には颯香さんらしき人物の遺影が飾られていた。
「うわぁぁぁ!」
俺は、泣き崩れ叫んでいた。滝のように涙は止まることなく流れていて⋯⋯床に水たまりが出来そうな程に。
待てよ⋯⋯という事は俺の初恋は颯香さん。でももう既に亡くなっているという事になる。
いや、おかしい。だって俺の目の前に彼女はさっきだって現れたはずなのに。
事の事態に頭が追いついていかない。もしかして生き返ったのか⋯⋯?
そんな事有り得るはずがない。だとしたら、何なんだ?
──誰か⋯⋯教えてくれよ!
☆。.:*・゜
そして、また光景から遠ざかっていく。徐々に現実へと戻って行くのが改めて実感出来る。
「思い出したかな⋯⋯?」
考え込みながらも、耳はフル回転している。彼女は心配そうにそう言っている。俺はぼそりと「記憶は繋がったよ⋯⋯」と呟いた。
すると、「やっと⋯⋯だったね」と仮面の中から涙をぽろぽろと零していた。
「仮面⋯⋯もう取ってもいいんじゃないかな?」
そう聞く。すると、「そう⋯⋯だね」堅苦しさが互いに無くなり、気が楽になる。
ゆっくりと外されていく仮面の内側を恐る恐る見上げる。すると、あの時の女の子⋯⋯颯香だった。
会いたくて堪らなかった⋯⋯その存在が今、目の前に居るのだ。
でも、まずは颯香の今の正体を知るのが先だ。
「君は一体⋯⋯何者なんだ?」
颯香は何故俺の元へ来たのか⋯⋯その全てを話して欲しい。そう切実な思いを込め、俺はそう聞いた。
すると、とても苦しそうな表情をしながら苦笑いを浮かべていた。
「私は、小六の時に楓弦と出会ってる⋯⋯それから二年間は一緒にあの神社の所でお話とかしたよね。
でも、中学二年生になって突然私はここから居なくなった⋯⋯今から話す真実を信じてくれる?」
「うん、もちろんだよ」
そう言うと、彼女は安堵したのか優しく微笑んだ。
「私は、楓弦と出会った時⋯⋯違う世界からワープして来たの。あの頃は、確か2018年。私が居た世界は、2033年だった。既に大人の世界の私は、ある日⋯⋯夫──楓弦を失った悲しみから思い出の地であるあの鳥居をくぐったの。
そしたら、急に眩い光に包まれて⋯⋯”誰か”にこう言われた。『君の大切な者を守りたくば、この門を潜るが良かろう⋯⋯ただし、代償としてお主を過去の時間に縛らなければならぬぞ?』って。」
こんな俺なんかの為に、全てを投げ出して代償まで受けて⋯⋯本当は、自分が代償を受けなければならないというのに。どれだけ幸せ者なのだろう。
「なるほど⋯⋯つまり未来から俺を助ける為に来てくれたんだな。ありがとう⋯⋯。
でも、こっちの世界の颯香はやっぱり生きていないの⋯⋯?」
「ううん、生きてるよここに。未来の私は過去の私自身になってるの⋯⋯多分だけどなら最初から姿を現せば良かったんじゃないって思ってるよね⋯⋯?」
図星でこくりと頷き首を縦に振る。
「それは契約で出来なかった⋯⋯さっき話した”誰か”がね、私の正体を楓弦が見破ったら姿を見せてもいいって。そして、彼が無事に思い出せたら最終試練をしてもらう。そこで失敗すれば、永遠に未来へは戻れない⋯⋯過去に囚われたままとなるの。そして私と楓弦の思い出を無かった事にするって」
「それって⋯⋯」
「うん、だから私が失敗した時には⋯⋯君の記憶の中から私が消える。でも、後悔はないよ。だって、私は楓弦の事が大好きだから」
「なんで、そんな無茶を⋯⋯。
俺は、颯香のことがずっと好きで好きでこれからも一緒にいたいって、守りたいって⋯⋯記憶を取り戻してから思ってたんだ。なのに⋯⋯っ、俺は何も出来ないんだ⋯⋯」
「大丈夫だよ⋯⋯試練を二人で乗り越える事が出来たら未来を変えられて、一緒にこれからを生きていける」
純粋に素直な気持ちを明かす颯香が眩しく見えた。
「⋯⋯そうだな、俺も出来る事をするよ」
真実を知った今だからこそ、互いの関係性を以前より深め、認め合う事が出来た。人が人を想う気持ちは無限大なのだ。初恋をして、そう思えた。
愛おしそうに俺を見つめる颯香の瞳には、霧が晴れたようにすっきりとした表情の俺が映し出されている。俺って、こんな顔出来るんだな⋯⋯と新たな自分の一面を知る事が出来て何故か、素直に嬉しかった。
これからどんな試練を乗り越えるのか⋯⋯想像していたよりも不安は募る。でも、どうしてか大丈夫な気がする。
「颯香⋯⋯好きだよ⋯⋯」
この想いを今、君に伝えたかった。初めて恋をしたのは君なんだよ⋯⋯という事を知っていて欲しかった。そして、とても長く過酷な両片想いをこの日に卒業した。
「うんっ、私も楓弦のこと⋯⋯大好き!」
大胆にも、彼女は俺を抱き締めてそう言ったのだ。
不意打ちは、心臓に悪い⋯⋯。胸の高鳴りが、密着しているせいなのか治まることを覚えない。
そっと手を彼女の腰へと回し抱き締め返す。とても暖かくて優しい⋯⋯包み込んでくれる様な体温。
全てをこの身に刻んでおこう⋯⋯忘れる事の無いように。
見つめ合う俺達⋯⋯彼女の頬に手を添えて微笑む。そして、顔を徐々に近づけていく。
すると颯香は、瞼を閉じた。俺は、その姿にまたドキッとさせられつつも優しい口付けを交わした。
その瞬間の事⋯⋯俺と颯香は黄金色に輝く光に包まれた。その中に、一本の通り道が果てしなく続いている。
「颯香⋯⋯行こう」
俺は、決心を固め彼女と手を繋ぐ。そして、「うん!」と首を深く縦に振った。
一歩ずつ地に足を付けて進んでいく。自分の病の事なんて忘れたまま⋯⋯。
不思議ファンタジーの様な体験をした俺達には、更なる驚きがあったのだ。
それは俺の病にあった。肺炎に掛かってしまい、手の施し様のない状況へと陥った俺は、確かに余命宣告をされていたはず。
なのに、迎えた死のカウントダウン最終日。まさかの三年丁度で、突如として病が回復したのだ。医者も「こんな事⋯⋯前代未聞だ」と目を丸くしていた。
ようやく、病院という牢獄から解放され⋯⋯病も完治した。これも全て、彼女のお陰だ。
勇気を出してこの時代へと時空を超えて来てくれた。そして試練を乗り越えた今、全ては元通りになっている。
⋯⋯きっと、彼女の世界線でも俺は生きているのだろう。そう信じたい。
──今、俺の隣にこの世界の彼女が居るのだから
☆。.:*・゜
家に帰り、荷物整理をしていた時の事。
一冊のノートが床へと落ちた。見かけた事のない日記帳に興味を抱いた俺は、少しだけ中を見てみる事にした。
最後に書かれていた内容は、
『この世界の楓弦の事も大好きだよ。ずっと忘れない、また未来で会おう、運命の人』
と、颯香の字で書き残されていた。
彼女と掴み取った新たな人生を、この生命ある限り懸命に全うしたい⋯⋯そう思えた。
──また大人になった彼女と会える事を願って。
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