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君には生きていて欲しい
「残念ですが、あなたの余命は残り3年です。」
そうお医者さんに言われたのは去年、桜が満開で咲き乱れている春の事だった。
あれから、刻一刻と時の流れは止まることなく進んで行く。
しかし、俺はまだ生きていたいという希望を持っている…。
生きて⋯まだ体験したことの無い事を、皆が当たり前にこれから先出来るであろう事を一緒に沢山味わいたいんだ。
だから、寿命を伸ばす方法をずっと探し続けている。
そんなある日の事。
俺はとうとうあらゆる手を使い尽くしそんな魔法みたいな奇跡なんて無いんだ⋯と諦めかけていた。
そんな時、病室の扉が『ガラガラガラ』と音を立てながらゆっくりと開いていっていた。
「あの⋯、華海楓弦さんでしょうか?」
初めて聞くフワフワとした、か細い声に安心感を覚える。
「どちら様、ですか⋯?」
取り繕った笑顔で、俺はその女の子に質問をした。
「あっ、私は咲羅颯香と言います。あなたを救いに来ました。」
「えっ⋯どういう、事ですか?」
何を言っているのか訳も分からず、頭が真っ白になる。
「私は、あなたの寿命を伸ばす事が出来る、いや詳しく言うとそのサポートをするんです。」
「マジックじゃああるまいし、そんなことが出来るならとっくにしてますよ。」
俺の事をからかおうとしているのだろうか?
だとしたら、許せないよ...。
「それが、可能だから今私はここに居るんです。」
颯香さんの瞳に嘘は無かった。どこまでも真っ直ぐで、信用するに値する人だとここで確信した。
「でも、一体どうやって⋯?」
「それは、まず楓弦さんが残りわずかの時間で運命の相手と恋に落ちる事が第一条件です。」
「へっ⋯⋯?」
何故、恋なんだ…。
初恋もまだした事がないと言うのに。
「そして、運命の相手と口付けを交わす事です。」
ますます、話が読めない。何故、キスをしないといけないのか…。
でも、颯香さんの顔…どこかで見た事がある様な気がする。
けれど、俺はだいぶ前に記憶喪失になって以来過去の事を思い出せないんだ。
「はぁー。それは、無理だと思いますよ。残り2年でそんな事。」
溜息をつきながら、俺は腑抜けたように言った。
「なんで自分の人生をそんな簡単に諦めるんですか?私、だいぶ前にも言いましたよね⋯。」
「前⋯?」
不思議に思い聞き返すと、颯香さんはハッとした様な顔をして、
「あっ、なんでもない⋯です。そんな事より、とにかく私は手助けをしに来たんですよ。」
何かを隠そうとしているのは、見え見えだったが今は気づいていない振りをするのが無難だろう。
「俺、まだ生きたいんだ。だから、頑張ってみるよ。」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、颯香さんの顔はみるみると笑顔になっていった。
まるで、太陽みたいに俺を照らしてくれているようだった。
「私は、楓弦さんに名前を呼ばれればここに来ます。何かあったらいつでも頼ってくださいね。」
と言い残して、姿が霧のようにして消えていった。
「なんか、夢のようだな。」
静まり返った病室に、俺の囁き声が響いていた。
˚✩∗*゚⋆。˚✩☪︎⋆。˚✩˚✩∗*゚⋆。˚✩⋆。˚✩
何日かが経過していた頃、久しぶりに夢を見ていた。
恐らく、過去の記憶の断片だと思う。
出会った頃から、ある一人の少女に恋をしていた俺は、いつもの様に家の付近に建っている神社の石段で彼女と話をしていた。
『好き』っていう感情が、まるで風船に空気を入れていくみたいに大きくなっているのが自分でもよく分かっていた。
でも、夢の最後辺りで彼女は石段の所へ二度と現れなくなるという悲しいシーンで終わった。
(まだ見ていたい、全てを知りたい。)
そう思っているけれど、身体が言うことを聞いてくれない。
徐々に現実へと引き戻されていく一方で手を伸ばしても届かないほどその記憶の断片は遠ざかっていった。
(きっと、あの子が俺の初恋だったのかもしれない。けれど今、どこにいるのか見当も付かない。)
「颯香さん、来てくれませんか?」
早速、彼女を呼んでこの事を聞いてみる事にした。
すると、霧が黙々と立ち上がりその中から姿を現した。
「お久しぶりです、来ました。」
「お久しぶりです、あの俺少しだけ記憶の断片を思い出したんです。」
「どんな内容だったのですか?」
颯香さんの顔はいつもとは少し違って、とても真剣な表情をしていた。
「俺は、過去に一人の少女に恋をしていたんです。その人と神社の石段で会える度に気持ちが大きくなっていたけれど、突如としてその人は現れなくなったんです。」
その話を聞いた颯香さんは、表情が一気に曇ったように見えた。
しかし、直ぐに笑顔に戻っていた。やっぱり、俺達には何か繋がりがあるような気がする。
「なるほど、そんな事が…。では、その少女を探し出さないとですね。」
「はい!」
颯香さんは、よそよそしい感じでそう言っていた。
探し出すにせよ、手がかりが掴めていない以上何も出来ない。
頭を回転させすぎた影響と薬の効果で、また深い眠りに入った。
すると、俺はいきなり少女に話しかけられた。
「まだ、思い出せていないのね楓弦…。私、ずっと待ってるから⋯だから思い出してね。」
「うん。」
顔は、ぼやけていて見えなかったがとりあえず返事を返した。すると、場面が急に変わった。
今度は、お葬式場に俺は棒立ちをしていた。
「なんで…ここに居るんだ?」
すると、右の通路から母親が走ってこちらの方に駆け寄ってくる。
「楓弦!なんでそんなところに突っ立っているの!颯香ちゃんが、亡くなったというのに!」
「は?ど、どういう事だよ!」
(え、なんで颯香さんの名前が出てくるんだ?
しかもこれ、記憶の断片…じゃないか!)
「とにかく、楓弦も行くよ!」
母さんに手を引かれながら、俺は苦しそうに涙を流していた。
断片とはいえ、夢だからか上から見下ろしている感じに見えている。
左の角を曲がった時、花がたくさん手向けられていてその真ん中には颯香さんの遺影が飾られていた。
「うわぁぁぁ!」
俺は、泣き崩れ叫んでいた。滝のように涙は止まることなく流れていた。床に水たまりが出来そうだった。
(待てよ…。という事は俺の初恋は颯香さんで、でももう既に亡くなっているという事になる。
いや、おかしい。だって俺の目の前に彼女はさっきだって居たはずだ。)
ことの事態に頭が追いついていかない。もしかして蘇ったのか……?
そんな事有り得るはずがない。だとしたら、何なんだ?
誰か⋯教えてくれ。
そして、また光景から遠ざかっていく。徐々に現実へと戻って行くのが改めて分かる。
「思い出したかな…?」
去り際に、颯香さんの声が脳裏に響き渡った。
「あぁ、はっきりと全て。」
「そっか、良かったー。これでやっと…叶うよ。」
(一体何のことを言っているのか分からない。いつも、大切な所は曖昧なままでモヤモヤする。)
その声を最後に俺は、目が覚めた。
そして、真実を知るために颯香さんを、いや颯香を呼ぶ事にした。
「颯香、ここに来て欲しい。」
そう言うと、再び霧のような物の中から彼女が現れた。
「楓弦⋯。」
と、俺の名前を囁いていた。
「颯香、君は何者なんだ…?だってもう、ここには居ないはずなのに。」
そう言うと、彼女は涙を流しながらニコッと微笑んだ。
「確かに、そうだね。今から、私の全てを君に話すよ。」
「うん、聞かせて。」
「実はね私、未来から君を助ける為に来たんだ。
でも、この時代に来て直ぐに私は交通事故でこの世を去る事になったの。
それで、魂だけになった私は恋岬神社の守り神様と出会って少しの間だけ楓弦に会えることになった。そこで私達は出会ったという訳なんだ。
それでも、あっという間に期間は過ぎたの。だから最後に君と話した時、精一杯生きてねって言ったんだよ。
その後、守り神様に最後のお願いとして君の病を治すための手助けを私の手でさせて欲しいと言った。そしたら、その代わりとして代償が居ると言われたから私と楓弦の思い出を無かった事にって。」
「それって…。」
「うん、だから私がこの世を去った時には君の記憶の中から消える。でも、後悔はないよ。だって、私は君の事が大好きなんだから!」
「なんで、そんな事したんだっ!
俺は、颯香のことがずっと好きで好きでこれからも一緒にいたいって記憶を取り戻してから思ってたんだ。なのに…っ!」
「ごめんね…その願いは叶えられないや。でもせめて、最後に私とキスをしてくれないかな?」
「したら、颯香は…どうなるの?」
「消えるかもしれないね。」
「どうして、そんな冷静なんだよ!?」
「だって、私の大切な人…楓弦の命が救えるんだもん。嬉しいに決まってるよ、だからお願い…。ねっ?」
愛おしそうに俺を見つめる颯香の目には、堪えている涙がゆっくりと揺れていた。
「分かった、目を閉じて。」
俺は、彼女の頬に手を添えて顔を近づけていく。
トクンッ、トクンッと心臓が音を立てて止まない。
涙を流しながら、颯香の唇に優しくキスをした。
過去の想い出が脳裏に溢れていく。まるで、本当に最後だよと告げられているよう。
そっと、顔を離し抱き締めた。
「俺、もっと君と居たかった。」
「⋯うん。」
溢れ出す感情をそっと受け止めてくれている。
「でもっ、でもっ、絶対に颯香の分まで華海楓弦としての人生を生きるから…。見ててね。」
「⋯うん、見てるから。」
「ありがとう。」
精一杯の気持ちを込めてそう言った。
「うんっ、さようなら!」
大粒の涙を零しながら彼女の姿は薄くなり、やがて天へと登って言った。
「颯香っ、颯香!」
名前を呼び続けながら、俺は泣き続けた。そして、忘れぬようノートに名前を想いを書いた。
走馬灯のように、記憶がフラッシュバックしていく。
彼女がまるで初めから居なかったように。
あれから俺は、余命を宣告されていた3年ぴったりに病が回復した。
ありえない奇跡が起こったことにお医者さんは、
「不思議な事も起こるんですね。余命を宣告を取り下げます。退院して大丈夫ですよ。」
「はいっ、ありがとうございました。」
深々と頭を下げた。
家に帰り、荷物の整理をしていた時、一冊のノートが床に落ちた。
中には、
『颯香、大好きだよ。ずっと忘れない、運命の人。』
と、俺の字で書き残されていた。
胸にぽっかりと空いたこの穴は多分、この颯香という人がいないからなのかもしれない。
でも、必ずこの人生を全うしたい。
˚✩∗*゚⋆。˚✩☪︎⋆。˚✩˚✩∗*゚⋆。˚✩⋆。˚✩
私は、楓弦と最期のキスをしてあの世へ来た。
まだ、神様が来ていない一人の状態で体の力が一気に抜けていった。
「うわぁぁぁん。まだ、居たかったぁー。」
ただ、自分の想いを未練を吐き切っていた。
(もう、君の中に私は居ないんだよね。)
そして、勝手に流れ出ている涙を無理やり抑えた。
そのタイミングで、神様が姿を現した。
「颯香よ、お主はよくやったのぉ。頑張った。
だから今、目の前にある扉をお主の手で開くのだ。そうすれば、再び生まれ変わることが出来る。」
「分かりました、今まで本当にお世話になりました。」
私は最後に満面の笑みを浮かべ、ガチャっと取っ手を回し開く。
白い光で眩い扉の先に足を踏み入れた。
「また、楓弦と会えますように。」
と言う、言葉を残して。
目を開けると、そこは外だった。随分と近代化が進んでいて、見違えるほどの街並みが目の前にあった。
私は、記憶を持ったまま生まれ変わった。
そして、ある日海岸を散歩していた時一人の男性とすれ違った。
姿を見なくても分かった、楓弦だって言うことを。
「あの、俺達どこかであった事がありませんか?」
腕を掴まれて、そう言われ私は思わず涙を流してしまった。
「きっと、そうかもしれませんねっ。」
黄昏時、オレンジの眩い光に私達は照らされた。
そして、君はこう言った。
「会いたかったよ、颯香。」
姿も違う私に、彼は戸惑うことなくそう呼んでくれたのだった。
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