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転校生
どれだけ理解不能な出来事が起こっても、どれだけイライラしても、時間というものは勝手に経っていく。
何も手につかないで、ぼうっとしているうちに学校は始まってしまった。
学校に行けば、僕は"明るくお茶目な優等生"になる。つまりは仮面を被るのである。道化の仮面を。
こんなことを言ってしまえば、つい、太宰治を思い出す。彼の書く小説には、道化が登場し、同時に彼も道化として人生を歩んだという。
僕は太宰治は嫌いだ。
大嫌いだ。
そして、彼らも嫌いだ。
太宰を嫌いな自分に、前世が太宰治だという悪夢を突きつけてきたのだ。
まだ信じていない。
信じられるわけがない。
と、いうか、信じたくない。
ため息が零れそうになって、思考を停止させた。やめだ、やめ。
こんな日から暗い気分になってどうする。
「なぁ津島、聞いたか?」
「え?」
騒がしい教室。突然声をかけられて、顔を上げた。目の前には、一人のクラスメート。
「…え、ちょっと待って、何を?
何も聞いてない!」
にっこりと笑顔を作って、少し身を乗り出した。
「だぁかぁらぁ。」
にやにやとクラスメートは笑みを浮かべて、勿体ぶりながら言った。
「…転校生来るんだと。」
「えぇ!?まじで!?」
大袈裟に仰け反る。女子かな?という呟きも忘れない。
「あいにく、男子らしいぜ。
…あとこれ、噂だけど……年上らしい。」
「…まじ?」
こそこそと耳元でクラスメートが囁く。僕は素っ頓狂な声をあげやって、クラスメートの顔を見た。クラスメートはニヤリと嫌な笑顔で頷いた。
その途端、ガラガラと扉が開く音がして、担任が入ってきた。
「どんなのか、楽しみだわ」
クラスメートはそう言い残して、自分の席へ戻ってきた。
「…おーし、みんな、揃ってんな。
じゃ、自己紹介…のその前に、転校生を紹介する。
たぶん噂なんかで来てるだろうが、仲良くしてやってやれよ。」
わーっ、とどこかで歓声が上がった。担任が教卓を離れると、のそりと一人の男が教室へ入ってきた。男は大柄で、ガッシリとしている。服は着崩し、目つきは悪い。まるで不良だ。
「……巨勢柄五だ。…柄五という名は嫌いだから、アンゴと呼んでくれ」
ムスッとした表情からは、愛想なんてものの欠片も見えない。というか、アンゴってなんだ?どこから来たんだ?
そして、誰も拍手をしない。自己紹介が短すぎて、誰もまだ終わったと気付けていないらしい。担任も目を泳がせている。
仕方ない。
「…アンゴくん!
新しい友人が入ってきてくれて、嬉しいよ。よろしく!」
拍手をしながら、そう大声で言った。そこでみんなようやく、おお!と声を上げて、拍手を始めた。
担任も頷き、一つ二つ手を叩いた。
「うん、有難うな、みんな。
まだ来たばかりで不便するだろうから、助けてやれ。…席は、うん。津島の隣だ。
津島、いろいろ教えてやれよ。」
「はい!」
担任の言葉に大きく頷く。ちらり、と巨勢のほうを見やる。巨勢は、僕を見て、立ち竦んでいた。どうしたのだろう、と首を小さく傾けた。
「巨勢?」
担任が訝しむ声を出すとほぼ同時に、巨勢は大股で僕の方へ歩き出した。席に座るのか、と思ったが、巨勢は僕の目の前に立った。
そして、ぐい、と思い切り僕の胸ぐらを掴んできた。
えっ、と声にならない声が喉から飛び出る。
「巨勢!?」
担任が驚いた声をあげて、こちらへ駆けてくるのが目の端に見えた。
担任が来る直前。
巨勢はぱっ、と僕から手を離した。
「おい、巨勢。何をして」
「…すんません。何でもないッス。」
担任は巨勢を訝しむような目で見たが、少しして、一つため息をついて教卓の前に戻った。巨勢は僕の隣の席に座った。足を大きく開いて、机には肘をついて。随分と素行の悪いやつが来たもんだと横目に巨勢を見る。
巨勢の表情は、詰まらなそうで、それでいて、どこか淋しげな目をしていた。
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