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子犬はオオカミさんに包まれていたい♡⑩
近衛はリビングの壁にかけられた時計を見る。それは約束の時間を十分ほど過ぎていた。
今日は例の彼との研修初日。
「初日から遅刻とはいい根性だな」
近衛は腕を組み時計を睨む。
(こっちは早く会いたくて、ずっと待ってるってのに!)
リビングで今か今かと待ち構えていた近衛はむうとむくれる。
だけど時計の針が進み、時間が経過するとともに心配になってくる。
研修場所に指定したのは近衛の住んでいる宿舎、大学内にある牧場だった。ここなら実際に動物たちもいるので、研修にはもってこいだと思ったのだ。だが、ここは山の上にある。
(まさか来る途中で何かあったんじゃ?)
ここにくるには山道を登らないといけない。道はあまり整備されておらず、勾配もきつい。山奥という雰囲気のある山道は、慣れない人間には危険さえ感じるだろう。
「あー、だから俺が農学部まで迎えに行くって言ったのに......」
近衛はそう言ったのだが、教授に狼上くんにそこまでさせられないよ! と止められたのだ。
急いで近衛は宿舎から飛び出した。そのまま山道の方に駆けて行こうとして、何か違和感を感じ足を止める。
「ん?」
牧場で飼育している牛の番、牛斗と牛菜の方を見ると、その近くに何かが横たわっているのが見え、近衛は目を凝らす。
(人? っ......まさか!?)
研修予定の彼が、熱中症か何かで倒れているのかもしれない。近衛は慌てて駆け寄る。
そしてその姿を認識して、息を飲んだ。
「っ........................」
男が一人そこに寝転んでいた。意識で、きっと今日来る予定の彼だろうと考える。だけどそれは自分の考えなのに、どこか遠くに感じた。
心臓がドクンドクンと大きく音を鳴らす。近衛はまるで吸い寄せられるように彼に近づいていった。
近衛の心配をよそに、彼はとてもとても気持ちよさそうに、スースーと寝息を立てていた。小さい体を丸く縮こませた彼から、穏やかな呼吸が聞こえる。
(なんだこの可愛い生き物......)
体を丸ませる姿は愛らしく、ふわふわで触り心地の良さそうな茶色がかった髪、透き通るように白い肌、微笑みを浮かべる唇は薄い桃色をしている。
(やべぇ......めちゃめちゃ美味しそう......)
抱きしめたい、今すぐ触って撫でまわしたい。そんな欲求が自分の中から込み上がってくるのを感じる。
ふらふらと惹かれるように近衛は彼の側に腰を下ろした。
(待て、落ち着け。寝てるように見えるけど、具合が悪いのかもしれないし)
抱きしめそうになるのをぐっと理性で堪える。彼の手を取り脈を測るが異常はない、頭、そして頬に手を充てるが熱くないので大丈夫そうだ。
(よかった。ほんとに寝てるだけだな)
近衛はホッと胸を撫でおろす。だけどなぜこんなところで寝ているのか? 浮かんだ疑問に首を傾げていると。
「んぅ......」
彼が身じろいだ。
(あ、起こしちまったか?)
気持ちよさそうに寝ているので、できたら邪魔はしたくなかったのだが、と近衛は触れた手を引っ込めようとした。すると、近衛が離すより先に、彼が近衛の掌にすりすりと頬を寄せた。そして手の感触が心地いいというように、口元を綻ばせる。
まるで甘えるようなその仕草、あまりに可愛らしい彼の姿に、近衛は理性がガラガラと崩れていく音を聞いた。
おそるおそる髪を撫でる。それは想像通り、とても柔らかく触り心地がよかった。
(もっと......)
込み上げる衝動のまま彼の横に寝転ぶ、そしてその体に手を回し抱きしめた。
ふわっと優しい感触が腕の中に広がる。彼の体は近衛の腕に馴染み、すっぽりと収まった。
瞬間、腕の中にいる可愛い生き物がふわりと微笑み、自分から近衛の胸に顔を埋めた。近衛の腕の中が心地いい、そう言うように。
「っ〜〜〜」
堪らず、彼を強く抱きしめる。
(可愛い、可愛い、かわいい、かわいい!!)
自分でも信じられないぐらい、気持ちが止められない。
近衛はその背中を撫でた。撫でている、ただそれだけなのに近衛は自分の心が癒やされていくのを感じた。
あまりに心地よくて、柔らかい髪に顔を埋め目を閉じる。近衛は宝物を見つけた子供のように、とても大事そうに腕の中の彼を優しく抱きしめた。
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