愛でられまくりの研修生活①

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愛でられまくりの研修生活①

「可愛いな光琉。抱きしめてもいいか?」 「すでに抱きしめてから聞くな!」 光琉を腕の中に抱きしめそう聞いてくる近衛に、光琉は噛みつくように叫んだ。 今日の研修は実際の牛で体調チェックの仕方を教えてもらう。その前に牛舎の掃除をかってでた光琉は作業着に着替えていた。その姿を見て近衛は顔をにやけさせると光琉を抱きしめたのだ。 大きいとは思っていたが、近衛の身長はどうやら190㎝以上あるらしく、小さい光琉は大きな体に埋もれるようにすっぽりと包み込まれる。 「ちょっ......!」 返事をする前に勝手に抱きしめられジタバタと暴れるが、目が合った近衛に優しく微笑まれて光琉はピタリと動きを止めた。 (その......可愛いなって目で見るのやめろ‼) 暴れる光琉も可愛いと思っているのを隠しもしない近衛の表情に頬がじわっと熱くなる。あっという間に光琉は大人しくなってしまった。 すると近衛に腕を取られる。 「ちょっと大きいな。袖捲ってやるからジッとして」 袖から半分しか出ていない光琉の手を見てそう言うと、近衛は後ろから光琉を抱きしめ直した。 そして作業着の袖を丁寧に捲ってくれる。 「............」 背中に温かい体温が触れた。 大きな体に包み込まれ、その温もりに無意識で光琉は近衛の体に背中を預けてしまう。気付いた近衛がフッと笑みを零した。 「ほら! できた」 仕上げとばかりに光琉の頭を撫でて、上から近衛が覗き込む。 「あ、りがとうございます......」 優しい目に、赤くなる頬を隠して光琉が律儀に礼を言う。 「ん」 大きく頭を撫ぜてから近衛は体を離した。 「準備できたな」 「うん」 赤くなる光琉とは裏腹に、近衛は至極楽しそうに外に向かう。 納まらない頬の熱を抱えながら光琉は近衛の背中をジッと見つめた。 研修が始まって一週間が経った。 始まりがとんでもなかったので、光琉は警戒心と不信感マックスで研修に臨んだが、そんな心配はどこへやら。蓋を開けてみたら近衛の教え方はとても丁寧で、その上要点がとても分かりやすかった。専門用語はあまり使わず、素人の光琉にも理解しやすいように話をしてくれる。 光琉がよく分からず首を捻っていると、目ざとく気づいて腑に落ちるまで何度も何度も説明してくれる。医学部と獣医学部に通っているなんてとても厳しい人なのでは?という当初の心配はすっかり杞憂に終わった。 どころか。 『狼上先輩、教えるの上手ですね! すごく分かりやすいです』と言えば『近衛でいい、敬語も使わなくていいから。俺じゃなくて光琉の覚えが早いんだよ』と褒められ。 知識を詰め込んで疲れた...と思っていたら『頑張ってるな。ほらこれ食べて元気だせ』と頭を撫でて甘いチョコレートを差し出してくれる。 もはや勉強を教えられているのか甘やかされているのか分からない状態になっていた。 そして光琉はことあるごとに近衛に『可愛い』と連呼されるのだ。光琉は確かに小柄だが、特に顔が整っているわけでもなく、田舎から出できたのでおしゃれなわけでもない。どこにでもいる平凡で地味な大学生だ。 (こんなに可愛いなんで、田舎のばあちゃんだって言わないぞ) 最初の頃はからかわれているのだと思っていたが、近衛があまりに愛しそうに光琉を見て言うので、本気で可愛いと思っているのが伝わってきて、いやがおうでも嘘ではないと分かってしまう。 同時に近衛は光琉に触るのも好きみたいで、隙さえあれば撫でられ抱きしめられる。 初めは戸惑ったが人というのは慣れるもので、なんど怒っても懲りない近衛に、今ではすっかり触れられるのが当たり前になってしまった。 男らしい野生的な雰囲気にと甘い態度のギャップに、ドキドキと胸が高鳴る自分に光琉は戸惑っていた。 『近衛先輩』と呼び、敬語を使うこともなくなって、すっかり最初に感じた不信感は消えて無くなっていた。 「どした?」 近衛の背中を見つめて動かない光琉に気づき、振り向いた近衛が優しく声をかける。 「なっなんでもない!」 慌てて追いかけ隣に並ぶと、近衛はふふと口角を上げ、また光琉の頭を撫でた。 近衛の雰囲気はやはり甘い。 (ちょっと背が大きいからって! 俺のこと子供だと思ってるんじゃないのか!) 光琉は心の中で悪態をつく。 (近衛先輩の手おっきい......あったかい......) だけど何故かその手を振り解けなかった。
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