六 デートの約束

1/1

205人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

六 デートの約束

(今日はさえさんが来てくれて助かった……)  優梨の不在という穴は、二号店のナンバーワン登場で逆に大盛り上がりだった。美鈴とさえ、二人のナンバーワンが揃う状況は稀だ。二人が仲が良いというのも幸いし、客も満足そうだった。 「やっぱり、若くても新オーナーだなあ」  瑞希のお陰でピンチを乗り越えられた。本当なら、自分がなんとかしなければならなかったところだが。  いつも通り、売り上げを回収し、挨拶を済ませて雑居ビルを出る。街の明かりの殆どない、濃紺の空の下を行く。  先日はケンカのあった路地も、今日は酔客がポツポツといるばかりで、騒ぎは起きていない。ホッとして路地を行こうとした時だった。  ポケットに入れておいたスマートフォンが震える。 「ん?」  こんな時間に、何だろう。そう思って画面を見る。 「え、アオイくん?」  表示された文字に、驚いて目を瞬かせる。何事かと思いながら、電話に出た。 「もしもし?」 『あ。八木橋さん? 仕事終わりました?』 「うん。今、売り上げ報告して、帰るところ」 『そうなんだ。オレも今から帰りなんで、一緒に帰りましょう』 「え、あ、うん」 『一緒に帰りませんか?』ではなく、『一緒に帰りましょう』と言われ、戸惑う。どうやら既に、決定事項のようだ。 (若い子は強引だな~。でも、懐かれてるみたいで、悪くないな) 「じゃあ、店の方に行くね」 『お待ちしてます』  電話の向こうで、アオイが笑った気がした。  一人で帰るのは味気なかったが、一緒に帰る人がいるというのは、こんなにも良いものなのかと、足取りが軽くなる。  細い路地を抜けた先にある店の前で、アオイが立っていた。 「お疲れさまです」 「お疲れさま」  笑みを浮かべるアオイの横に並び、歩き出す。アオイとの身長は少しだけアオイが大きかったが、殆ど差がない。だが、腰の位置が違うことに気づいて、八木橋は少しだけショックを受けた。 (うーん。アオイくん、スタイル良いもんなあ……) 「? どうかしました?」 「あー、いや。アオイくん、スタイル良いなーって思って」 「え? そうですか? 嬉しいな」  ふわりと微笑むアオイに、八木橋は思わず目を細める。若いエネルギーが、やけに眩しく感じた。 「ん、ん。アオイくんは普段、何してるの?」 「日中は大学に行ったり行かなかったりですけど。休みの日は萬葉町で遊んでますね」 「バーテンやって大学は大変じゃない?」 「そうでもないです。八木橋さんは、プライベートはどうされてるんですか?」 「僕の話なんて……」  自分みたいなおじさんの話なんて、聞いても仕方がないだろう。そう言って苦笑いする八木橋に、アオイが首を振る。 「オレは、八木橋さんの話、興味ありますよ。どんなことしてるのか、どんなものが好きなのか知りたいです」 「――っ……」  アオイの真剣な言い方に、思わず赤面してしまう。社交辞令なのは解っていたが、嬉しかった。 (ほんと、口説かれてるみたいだなあ……。アオイくん、いつもこんな感じなんだろうな……)  アオイのように綺麗な子にこんなことを言われたら、誤解してしまう人もいるだろう。 (こんなおじさんにも優しいなんて、恋人にはどんなに優しいのかな)  アオイは少し毒舌なところもあるのだが、こうして親しくなると、蕩けるように甘い。 「僕は、スイーツ巡りばっかりしてるよ。新しいお店が出来たら、チェックして……」  アラフォー男がスイーツなんて、少し恥ずかしい。自分みたいな男より、若い女の子やアオイのように綺麗な男の子の方が、スイーツは似合うのに。 「甘いもの、好きなんですね。じゃあ、デートはカフェにでも行きましょうか?」 「へ? デート?」 「あれ? 忘れちゃいました?」  酷いな。と、拗ねたような顔をされ、ビクッと肩を揺らす。脳裏に、いたずらっぽく笑った、アオイの顔を思い出した。 『黙っておく代わりに、今度デートしてください』 「あっ……! おっ、覚えてるよっ。その――デートって……」  冗談。だったのでは。そう聞き掛けたが、アオイが先にパッと顔を明るくして笑う。 「あ。覚えてたんだ。良かった」 「う、うん」 (もしかして、ただ遊びに行こうって話なのかな……?)  美鈴とさえも、よく「昨日はさえちゃんとデートだったの~」と、言いながら二人で外出してきた写真を見せてくれる。もしかすると、若い人たちは友達と外出することを『デート』と言うのかも知れない。八木橋は納得して、頷いた。 「カフェは良いけど、アオイくんはどこか行きたいところないの?」 「オレは、八木橋さんが行きたいところに行きたいですね」 「うっ……。眩し……。そ、そうなんだ」 (ううむ。こんな僕を友達扱いしてくれるなんて、アオイくんは広い世代と付き合えるんだな)  やはりバーテンという職業柄、人と接するのが得意なのかも知れない。 「じゃあ、好きなものはある? 甘いものは好き?」 「そうですね……。自分ではあまり甘いものは買わないですが……。プリン好きの友人から貰ったプリンとかは、食べますね。あとフルーツは食べます。店でも出すんですが、余ることもあるので」 「あー、うんうん。僕もよく、女の子からケーキとかスイーツのお裾分け貰うんだ」 (そっか。フルーツは好きか) 「じゃあ、フルーツ使ったスイーツ、探しておくね」  ニコッと笑みを浮かべた八木橋に、アオイが言葉を詰まらせた。 「――」  どうかしたのかと、首をかしげると、サッと目を逸らしてしまう。耳元が、何故か赤かった。 「――そう言えば、当分は誕生日とか、イベントはなさそうですか?」 「あー……。来月は、水着イベントがあるんだけど……」 「水着イベント?」 「女の子たちがね、水着で接客するの。うちは高級感重視の店だから、あんまり派手じゃないやつね」  水着のような露出の高い衣装は、たまにやると受けが良い。お祭りのようなこういうイベントは、客が多く来てくれる。 「手伝い入りますよ。『ムーンリバー』が忙しくない時になっちゃいますが」 「えっ。良いの?」 「大丈夫です」  きっぱり言いきるアオイに、思わず笑ってしまう。 (でも、ありがたいのは本当なんだよな……)  イベント時は、二号店でも当然、イベント中だ。いつもより客が入るというのは、スタッフも足りないということだ。 「じゃあ、声かけさせて貰うね」 「ぜひ」  そうして話しているうちに、大通りに出る。ここでお別れだ。なんとなく、あっという間だった気がして、名残惜しい。アオイとの話は、彼が話を合わせるのが上手いのか、気後れしないで済む。とても楽に話せていた。 「じゃあ、デートのお誘いも、待ってますね」  アオイの言葉に、クスリと笑う。 「解ったよ。じゃあ、連絡するね。おやすみ」 「おやすみなさい。八木橋さん」  甘い声でそう微笑んで、アオイが手を振る。なんとなく、気恥ずかしい気持ちになりながら、八木橋も手を振り返した。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

205人が本棚に入れています
本棚に追加