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ひとときから始まる恋
「急に呼び出してごめん」
「ううん。大丈夫」
「実紘に大事な話があって」
ふたりでよく飲む小さな居酒屋。賑やかな店内は活気がある。そんな雰囲気に似つかわしくない諒の神妙な表情。わずかに頬を赤く染めた姿に嫌な予感がする。最近、諒の近くには小柄な女性がいた。
「実は、彼女ができたんだ」
どこか照れたように告げられた言葉で、小牧実紘の生きる世界が崩れた。
小学四年のとき、隣の家に引っ越して来た諒。気がついたときには好きだった。優しくて穏やかな諒を中心にすべてを考えていた。「実紘」と名前を呼ばれるたびに嬉しくて恥ずかしくて、どんな顔をしたらいいかわからなくなる。高校まで同じ学校に行き、大学は別だったが諒は小牧とばかりいるので、想い続けていればいつか気持ちが届くのではないかと考えていたが、そんな願望は簡単に崩れた。諒の幸せは小牧ではなかった。十三年の想いは行き場を失くした。
「実紘?」
「あ、……おめでとう。ごめん。……びっくりしちゃって」
茫然としたが、はっと我に返る。おめでとう、なんて心の中では思っていない。思えない。
小牧には諒だけだったのに。
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