ひとときから始まる恋

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 本当に出がらしになってしまった、とため息をつく。力が入らない。諒は恵菜と仲直りしたが、実近と小牧はそのままだった。彼は小牧との接触を絶っていて、もう「諦める」以外選べないのかもしれない。  休みになっても実近から連絡はない。ぼんやりするしかできない小牧を沈黙がしんと包む。 「……実近さん」  あなたが好きなんです――それに気がついて、そのひと言をなぜ口にしなかったのか。実近が小牧を選んでくれたのだから、それを素直に信じればよかったのだ。  今度は実近を想って悲しみに暮れるのか。結局そこから抜け出せず、なんの成長もない。  ひとりきりの休日は長かった。仕事をしていても実近のことばかり考える。ようやく就業時間が終わったら、部署の出入口に目を向ける。いつもそこに現れた影はもう見えない。こうやって日々をすごして、いつかは実近の姿が小牧の中から消えるのか。考えてみても、それはないとわかった。自信過剰な男は小牧の心に居座って離れないだろう。  昼休みや就業時間を終えるたび、虚しくなるだけなのに彼の姿を探す。  ――小牧くん。  甘く優しい声。あんな遊び人とかかわることはないと思っていたのに、こんなことになるなんて、どうして想像できただろう。  実近の心から小牧はもう消えたのか。一度人事部に行ってみたが姿を見つけることはできなかった。「諦めろ」と言われているようで、つらくて悔しかった。  小牧は恋愛に向いていないのかもしれない。想いすぎたり、気持ちを言えなかったり。  諦めるしかないのか。「会いたいです」のメッセージは、いつまで経っても既読にならなかった。  一日一日が長く、いつまでも終わらない。会社にいても自宅にいても、考えるのは実近のこと。あの日の言葉の意味も理由もわからず日々がゆっくり流れていく。動けない小牧は時間の中にとり残されている。  スマートフォンが鳴るのを待っている自分はどこへ行くのだろう。勇気を出してメッセージを送っても既読にすらならない。待ってばかりだと望むものとは違うものが来ることがある――実近の言うとおりだ。それに気がついてから動き出しても遅かった。 「おはようございます」  出社してデスクにつく。諒からメッセージが届いていてぼんやりと画面を眺める。諒と恵菜が仲良く笑う写真になんの感情も湧かない。もう実近以外、小牧の心を揺らせない。だがその人はそばにいない。なにもして来なかった自分が悔しい。  実近は離れて行かないと、どこかで驕っていたのかもしれない。実近だって人間なのだから心が離れる。動かずにいて周りが動いてくれるのをずっと待っていた小牧には、つらいけれど当然の結末かもしれない。だが諦められない。  昼休みにもう一度人事部に行ってみたが、すれ違いで実近はランチに出たようだった。誰と一緒なのだろう――そう考えてもやもやする自分勝手さにうんざりした。  今日もとぼとぼと社ビルを出ると、前方にすっと背の高い背中を見つけた。間違えるわけがない。実近だ。  駆け寄りたいが、それをしていいのか――ぼんやりとその後ろ姿を見つめていると、実近が振り返った。小牧を見て目を見開き、視線を逸らす。タクシーを捕まえる様子を見て、このままでいいのか、という闘志のようなものが湧きはじめた。本当にこのまま離れて後悔しないのか。  目の前が明るくなって、考えるより先に足が動いていた。実近に駆け寄り、タクシーに乗り込もうとする腕を掴む。実近は明らかに困惑していた。 「嫌です」 「小牧くん……?」 「離れて行かないでください。お願いです。そばにいさせてください。ひとりは苦しくてつらすぎます」  言葉の整理ができないが、それでいい気がした。思いつくまま、自分の気持ちを伝える。 「こんなにあなたが好きなのに、受け止めてくれないんですか?」  小牧の初めての告白。待つのではなにも手に入らない――今、待っていたら実近は絶対手に入らない。 「好きです……実近さんが好きです」  目を瞠った実近が小牧の腕を引いた。タクシーに乗せられ、車が動き出す。  会話はない。ただ抱かれた肩が熱い。どきどきと頬が火照るのを感じながら、わずかに実近にすり寄った。 「あの」 「黙って」  重い沈黙に耐え切れなくて口を開くが、すぐに言葉を止められた。無言のまま流れる景色を見る。  実近のマンションにつき、部屋に入ると同時に抱きしめられた。 「なぜ」  絞り出したような声がせつないが、やっと声が聞けたことに安堵する。 「だって俺、実近さんが――」 「彼はいいのか」  まだ離れようとするのかと小牧はつらかった。だがこれは、はっきりしなかった自分の責任だ。 「俺の心で図々しく諒より大きく居場所をとっているのはあなたでしょう?」  言っているうちに自信がなくなってきた。もう心が離れていたら、小牧では繋ぎ止められない。 「――別に、俺の片想いならそれでいいんです」  腕の中から出ようとするが、逆に力が強くなった。実近は小牧を捕まえたまま深く嘆息する。 「片想いのわけがない」  甘く高鳴る拍動に恥ずかしくなった。こんなにきつく抱きしめられていたら、心音がばれそうだ。 「だって事務部に会いに来てくれないし、メッセージも未読無視じゃないですか」  唇を尖らせると、焦ったように実近の指先がぴくんと震えた。 「それは……小牧くんを忘れるために――」 「俺は傷ついてます」  困惑をたたえる実近の瞳をまっすぐ見つめる。この人の瞳はこんなにも頼りなく揺れただろうか。吸い込まれそうな色が、せつない想いを秘めている。 「だから、甘やかして癒してください」 「……俺でいいのか?」 「実近さんじゃないとだめです。勝てないと思ったって、なにを勘違いしてるのかわかりませんが、俺にとっての諒はもうただの幼馴染です」  実近の背に腕をまわし、その首もとに顔をうずめる。 「あなたがそうなるようにしたんです。責任とってくれるまで離れません」  告白らしくないだろうか。だがこれが小牧の精いっぱいだった。  拒絶されたら縋りつこう。絶対に離したくない、手に入れたい。そんな気持ちは、実近が小牧に植えつけたものだ。責任をとらないなんて許さない。 「じゃあ一生責任とれないな」  顔を見あげると、情けなく眉をさげた実近が、泣き出しそうに微笑んでいる。互いに抱きしめ、体温を分け合った。 「小牧くんが好きすぎておかしくなりそうだ」 「俺だって実近さんが好きです。負けません」  唇が優しく重なり、啄むように触れ合う。少し離れてまた重なる。それを繰り返しているうちに情熱を生むキスへと姿を変えた。 「恋人として実紘を抱きたい」  せつない声音にゆっくり頷く。小牧も抱かれたい。傷をごまかすためのセックスではなく、愛を伝える行為がしたい。寝室に移動し、ベッドに寝かされた。 「まだ信じられない……」  夢でも見ているような声に、思わず笑った。「笑うなよ」と情けない顔をする実近が可愛くて、髪をくしゃくしゃと撫でてあげた。  夢を見ているようなのは小牧も同じだった。自分が求めた人の腕の中にいることが嘘のようだ。通じ合った気持ちが身体を昂ぶらせる。 「あ……っ」  性急に肌を暴かれ、身体のあちこちにキスが落ちてくる。時折軽く吸い上げられて、じんと腰の奥が鈍く疼いた。 「実近さん……早く」 「煽らないでくれ。冷静でいようと必死なんだから」  馬鹿なことを言うので、頬をつねってしまった。 「冷静でなんていないでください。もっとおかしくなって、めちゃくちゃにして……」  小牧の言葉が実近のスイッチを押したのか、服をはぎとるように脱がされた。実近も身に着けるものを脱ぎ、肌を合わせて貪るようにキスをする。甘いキスは思考を蕩かせる。 「実近さん……っ」  胸の尖りに歯を立てられ、腰が跳ねあがった。どんな刺激も、もう実近に教え込まれている。鋭敏に反応する様を味わわれた。  尖りをいじめながら腰を撫でていた手が奥まったところを撫でる。余裕をなくして求められていることが嬉しくて、自ら脚を開いた。 「ん……」  すんなりと指が馴染む内壁は、もっと大きいものを受け入れたがっている。この先にある快感をよく知っている小牧は、さらに脚を開いて実近を求める。 「早く」 「だめだ。甘やかしてきみの傷を癒さないといけない」 「ああっ……」  中を擦られながら、舌で昂ぶりをなぞられる。びくびくと震える腰を押さえて深く咥えられたら目の前が白く光った。すべてが快感で、なにをされても気持ちいい。 「だめ、もういく……」  舌戯に酔う間もない。呆気なく果てた小牧の白濁を嚥下した実近は濡れた唇を拭う。その色気にあてられて窄まりがきゅっと締まった。 「実近さん、早く……ください」  恥ずかしさも感じない。ただこの人が欲しい。実近も限界というように、指が抜かれた。熱は張り詰めていて、しっかり角度を変えている。  脚の間に身体を入れた実近が窄まりを撫でた。それだけで痺れる快感が突き抜ける。 「実紘、好きだ」  甘く囁かれ、その声に聞き入っていると昂ぶりが滑り込んだ。その形を知っているが、いつもより大きく感じた。 「すまない。こんなに興奮するのは初めてで、どうしたらいいかわからない」  いきなり最奥を穿たれ、身体が仰け反る。熱い塊は内壁を抉り、快感を的確に掘りあてる。 「ああ……っ、……実近さん……っ、あっ、ん……」  ペースの速い実近に翻弄される。小牧は再び限界に押しやられ、昇り詰めて白濁を吐き出した。 「はあっ……あ……」 「つらいか?」 「ううん」  もっと実近の思うままにしてほしい。それだけ求められているということなのだから、小牧が嬉しくないはずがなかった。  腰を掴まれ、肌がぶつかる。獣のように小牧を食らい尽くそうとする実近の熱さにうっとりと酔った。 「あっ……あ、あ」  ずっと達しているような絶頂感に頭の中が真っ白になった。突かれるたびに白濁がとろとろと溢れる。おかしくなるのは小牧のほうかもしれない。 「実紘……俺のものだ」 「んぁっ……あっ、あ、はあっ……」  噛みつくようなキスに激しい律動。小牧を知り尽くした男はたしかな快感を与えてくれる。実近だから気持ちいいのだ。 「ああっ……!」  身体が強張り弛緩する。びくびくと震える身体をきつく抱きしめた実近もまた、欲望を吐き出した。奥に脈打つ感覚があり、そっと瞼をおろす。 「実紘」 「はい」 「本当にきみか?」 「そうです」  小牧でないのなら誰だと言うのか。実近はここに至ってもまだ信じられないという顔をしている。 「俺の夢じゃないんだよな?」 「そうですよ。俺はたしかにあなたの腕の中にいます」  深く嘆息した実近は小牧の髪を撫でた。 「……予定が狂った」 「は?」  どういうことだ、と首をかしげると、実近が眉をひそめる。 「こんなに夢中になるつもりはなかったんだ。ひとときだけきみを慰められたら、くらいにしか思ってなかった」 「へえ……」 「そんな呆れた目で見ないでくれ。俺はそういう男だった」 「知ってます」  機嫌をとるようなキスがくすぐったい。何度もキスが繰り返され、小牧も実近にキスを贈った。 「これからの俺を見ていてくれ。きみだけを見て、きみが喜ぶように生きる」 「そんなことしなくても、実近さんが生きたいように生きてくれればいいですよ。だって実近さんは俺が悲しむことは絶対しませんから」 「言い切られると身が引き締まるな。本当に想定外なことばかりだ」  額を合わせると笑いが込みあげた。キスを交わして笑って――そんな幸せが、小牧にやってきた。
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