ひとときから始まる恋

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 半年後、諒と恵菜が結婚すると、いつもの居酒屋でふたりから報告を受けた。 「おめでとう」  心からの言葉だった。翳りも裏もない、まっすぐな気持ち。小牧を変えてくれた人に早く会いたい。そわそわする小牧に気づかずはにかんでいるふたりを祝福した。  諒は小牧がずっと想っていたことを知らないし、知らせるつもりもない。時間がかかったが、この想いは小牧の中で完結させた。  解散した後、通い慣れたマンションにまっすぐ向かった。ドアを開けてくれた恋人は微笑む。 「実近さんも来ればよかったのに」 「きみが諒くんを見ている姿に、また嫉妬してしまうからね」  冗談めかして笑うけれど、これは本音だ。やきもち焼きな彼が可愛くて髪を撫でると、優しく目を細めて見つめられた。 「ただの幼馴染に嫉妬してどうするんですか」 「実紘の目に映るのは俺だけでいい」 「実近さんらしくないですね」 「いや。これが一番俺らしいよ」  あんなに遊び放題で軽かった人がこんなふうになるなんて可笑しいし、くすぐったい。  ふたりで飲み直していると、実近がなにかを考えるように唇を引き結んだ。 「実近さん?」  呼びかけても考え込むように少し俯いて唇をなぞっている。言おうか言うまいか、悩んでいる様子にも見える。 「……俺達もしようか」 「なにをですか?」  ようやく口を開いたかと思ったら主語がない。小牧は当然聞き返す。 「結婚」 「っ……!?」  グラスを落としそうになった。今言われた言葉を反芻する。 「はい?」 「嫌か?」 「嫌っていうか……」  嫌ではない。むしろ飛びあがりたいくらい嬉しい。だが実近はそれでいいのか。 「結婚ってとても重い約束ですよ。約束はしないんでしょう?」 「意地悪を言うね」  苦笑する実近は、過去に自分が言った言葉を覚えているようだ。小牧もあのとき、なんて軽い人だろう、と思った。 「実紘となら、たくさんの約束を交わしたい。生涯ともにいることを誓いたいよ」  この人の口からそんな言葉が出るとは――動きが固まると頬を撫でられた。驚きすぎてどうしようかと戸惑う小牧を見て実近はまた苦い笑いをする。 「俺もこんな自分が信じられないよ」 「ですよね」 「だが信じてほしい。俺の一生はきみとともにある」  真剣な瞳が小牧を映し、約束を求めている。これに頷かないわけがない。実近の「誠実」は、たしかに姿を見せている。 「そろそろ『出流』と呼んでもらいたいしな」 「嫌ですよ。仕事中にもそう呼んでしまいそうです」 「別にいいだろ」  片眉をあげるので首を横に振る。不満そうだ。 「俺はこのままでいいんです」  実は実近の過去の遊び相手に嫉妬している。だから同じようにはしたくないというプライドでもある。負けたくないし、自分は実近の特別でありたいから、恋人でも「実近さん」と呼ぶ。  意外と負けず嫌いな自分を知ったとき、小牧は笑ってしまった。そんなことには気がつかない実近は「名前で呼んでほしい」と言う。存外鈍感だ。  優しく唇が重なり、甘い未来を想像した小牧は、心の奥で「出流さん」と呼んでみた。 (終)
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