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「そういうところが可愛いと思っていた筈なのに……真由の聞き分けのいいところが、最近、何だかもどかしい」
「えっ?」
「変わったのは多分俺。真由は変わらない。でも、一緒に生活していくとなると違うっていうか……。どうしたいのか、言葉にして伝えてくれなきゃわからない。伝えてくれないのは、何だか信用されてないような気分になる」
あっ……。
どうせ隆利君にはわからないって。
いつも隆利君は一人で決めちゃうって。
そう決めつけてたのは私……。
そう言えば、隆利君に自分の意見を伝えてみたことってなかった……。
「俺は察するのが苦手だし、真由のためって思ってしたことでも、空回りしてるのかなって思うこともある。でも言ってくれなきゃわからないよ」
私は甘くて茶色い液体がトロリと揺れるカップをじっと見つめた。
「……洗濯機の代わりに手で絞るのは、凄く大変。もう手が痛くて……2週間なんて待てない」
「何だ、そんなこと?」
そんなこと……。
隆利君にとってはそんなことなのかもしれないけれど、私にとっては大問題なのに……。
「力は俺の方が強いんだから、言ってくれれば俺がやるのに」
「う、うん……」
隆利君は残業で忙しいし、ご飯を食べたらいつもスマホを弄り始めちゃうから、何だか頼みにくい。
「それだけじゃないだろ? 様子がおかしかったのは洗濯機が壊れる前からだ」
ドキリと胸の奥が鳴る。
隆利君はちゃんと見ていてくれていたのかも……。
「……白と黒ばっかりの部屋で過ごすのは……何だか息が詰まるの。……せめてキッチンだけ、とかでもいいから私の好みの物も置かせて欲しい……」
「えっ! どういうこと?」
隆利君の言葉に、私はビクリと肩を震わせる。
でも見慣れたその顔は、怒っている、というよりもただ純粋に驚いているように見えた。
「どういうって……」
「だって、真由がモノトーン好きなんじゃなかったっけ?」
「えっ! どういうこと?」
思わず隆利君と同じセリフを返してしまう。
「初めて会った時、真由が『モノトーンでまとめてて、カッコイイ』って褒めてくれて……」
「あ……確かに言ったかも。普段、自分で選ぶものと違ってて何だか新鮮だったし、大人な感じがしたから……」
隆利君は小さく頷いてみせる。
「でも、自分で選ぶのはこんな感じだし」
そう言うと私は淡いグリーン系の小花柄ワンピを見下ろしてみせる。
やっぱり隆利君が見ていたのは私自身ではなくて、理想の妻……。
「それって、初めてのデートで俺が真由の淡いピンクのワンピースを『可愛い』って褒めたからじゃなかったの?」
「えっ、そうだっけ?」
「当然、モノトーンで決めてくると思ってたのに意外で。思わず褒めまくっちゃったから、ずっとそういう服を着てくれてるのかと思ってた……。覚えてないなんてショックだ……」
「ご、ごめん」
そう言えば当時の女性上司が、可愛い服で会社に行くと嫌味を言ってくるから、いつもカッチリしたスーツで出社していたっけ。
「てことは……隆利君は私の為にモノトーンを選んでくれてたって、こと?」
「もちろん俺も嫌いではないよ。色合いがガチャガチャしてるのは好きじゃない。でも真由が俺の為に頑張って可愛い服を着ててくれるんなら、せめてインテリアは落ち着いたものにしなくちゃって……」
ん? でも、ちょっと待って。なんか時系列が……。
私は首を捻ってみせる。
「えーと、さっき初めて会った時って言った? 初めて隆利君の部屋に行った時じゃなくて?」
「うん。初めて会った時。その後、俺の部屋に来てくれた時も言ってたから、これは絶対だと思った」
「えーと、初めて会ったって、香織がセッティングしてくれた飲み会の時ってこと?」
隆利君とは同じ会社で働いてはいるけれど、ほぼ関わり合いのない部署だから、初めて話をしたのは同期の香織がセッティングしてくれた飲み会でだった筈。
「いや……真由が新人研修でウチの部署に来た時」
ウチの会社は新卒で入ると、座学研修の後、色々な部署に数日間ずつ研修に行かされる。
全体の流れを知る為なんだけど、入社して直ぐで凄く緊張してたし、数多くの部署を回るから、そこで会った人達なんて正直覚えていない。
あの時私、既に隆利君と出会ってたんだ……。
「もしかして……それも覚えてない、とか?」
「いや、えーと……。そう言えば、そんなこともあったかな、と」
「モノトーンの文具セットをたまたま景品でもらって、使ってたんだけど、ウチの部署は机の上汚いヤツ多いから……。それ見て真由が……」
その当時は必死だったから、教育係の人とコミュニケーションをとる為にお世辞のようなことを言っていたかもしれない……。
『モノトーンでまとめてて素敵ですね』とかなんとか……。
「真由が覚えてないなんてショックでかいんだけど……。こっちは一目惚れだったのに……」
「えっ?」
「あっ……」
見つめると、隆利君の頬がほんのりと赤くなっているような気がした。
そしていつも自信に満ち溢れていたその瞳は、恥ずかしそうにテーブルの上に向けられる。
「……そういうこと」
隆利君は照れたように頭をポリポリと掻く。
何だか胸の奥の方がじんわりと温かくなったような気がした。
でもこれはベリーベリーショコララテのせいって訳じゃない。
言葉にしないと、見えてこないことってあるんだな……。
「でも、隆利君も言葉にしてくれなきゃわかんないよ。そんなこと初めて知った」
隆利君は驚いたような顔をする。
「そっか……そうだよな」
そう言って隆利君は目を細めて笑う。
テーブルの上でアイスコーヒーの氷がカラリと涼やかな音を立てた。
〈完〉
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