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「あー違った……」
「ん? 何?」
気だるげに服を眺めていた咲希が私の方を振り返る。
「ペンギンかと思ったら全然違った」
売り場の棚に積み重ねられた中から私は1枚のTシャツを取り上げる。
「それ牛じゃん」
咲希はショートボブの髪を揺らしながらきゃらきゃらと笑う。
「白黒のイラストって何でもペンギンに見えちゃうんだよねー」
「広海、どんだけペンギン好きなんだか」
「ホルスタインもパンダも。この間は黒地に白で描かれたドクロがペンギンに見えた」
「何それー」
咲希は再びきゃははーと声を上げる。
「でもさ、ペンギンのイラストって青が多いんだよね。実際は白黒なのに」
「青いペンギンっていないの?」
「んー、ブルーペンギンって呼ばれている種類もいるんだけどね……」
私はスマホにブルーペンギンの写真を表示させると、それを咲希に差し出した。
「これは青ではないね……」
「でしょ、青っぽい黒。もしくは青っぽいグレー。頑張っても黒寄りの濃紺だよね。そもそもブルーペンギンはそんなにメジャーなペンギンじゃないし。ペンギンのキャラクターで背中が青で足とクチバシが黄色ってのが多いけど、そんなペンギンは存在しないの。足が黄色いのはジェンツーペンギンだけで……」
「あー、はいはい……」
咲希は面倒くさそうに頷いてみせる。
「広海のペンギン好きはわかったから」
「むー」
「大体、ペンギン特に好きじゃない人からしたら青でも黒でも黄色でも大して変わらないから」
「ひどっ」
「本当は、世の中って結構あやふやなものらしいよ。自分が見てる世界が、他の人も全く同じように見えてるとは限らない。私達が黒って思っているものが青に見えてる人もいるし、黄色に見えてる人もいるんだって」
「えっ、そうなんだ」
「広海は真面目だねー」
咲希はそう言ってくくくっと笑う。
「だましたの?」
「そうとも限らないよ。私が見てる世界と広海が見てる世界は同じじゃない。だから価値観も色々あって、好みもわかれる訳だし」
「うーん」
「だから、ざっくりな感じでいいじゃん。何となくペンギンで」
「雑過ぎない?」
「広海がカタブツ過ぎなんだよ。結局、佐藤のことも断っちゃったんでしょ?」
「まあ……」
「自分が好きだと思える相手とじゃなきゃヤダっていうなら、自分から行動に移さなきゃ。誰か『いいな』って思う人いないの?」
「んー」
実はいないって訳じゃない……。
でも何て言うか……。
「あれ? 南乃さんと田中さん、買い物?」
「ひゃっ!」
沢山の衣類が並べられた棚の向こうから突然現れた色白の小さな顔に、私は思わず声を上げる。
「何驚いてんの?」
そう言って黒鳥君はへにゃりと笑ってみせる。
「な、何でもない」
「黒鳥は買い物?」
咲希は気にする様子もなく黒鳥君に話しかける。
「うん、夏用のTシャツ何かいいのないかなーと思って」
「これなんていいんじゃない?」
「あ、一瞬、ペンギンに見えた」
黒鳥君のセリフに胸の奥がドクリと鳴る。
「いいじゃん。牛」
咲希はきゃははっと笑う。
「牛はなー」
「ねっ、広海」
「牛はちょっと違うかな」
私は白黒で描かれたそのTシャツを綺麗に畳んでから売り場にそっと戻した。
「じゃあこれ。パンダは?」
咲希は隣の棚から別のもの取って広げてみせる。
「……って、あれ? もういない」
彼女は誰もいない空間に向かって首を捻った。
「黒鳥って、何か捉えどころがないよね」
「……うん」
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