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やる気のない店
朝の散歩。
少し遠くまで足をのばした私は、一軒の喫茶店を発見した。
決して流行ってはいなさそう。古い木造の一軒家の、一階部分を改築して店舗にしたらしい。
いかにも古色蒼然としたその店のドアを私はくぐった。朝、ブラックコーヒーで目を覚ますというのもなかなか乙なものなのだ。案外、こういう店がうまいコーヒーを飲ませる。
いらっしゃいませ、の挨拶がない。
店のなかを見渡すと、いかにも不潔。ほこりが溜まりごみが落ち、店内は雑誌や傘や段ボール箱などで乱雑としている。とても尋常な喫茶店とは思えない。
「えと。コーヒーは、飲ませてもらえるのかな」
奥の座席で寝そべりながらスポーツ新聞を読んでいる店長らしいぼさっとした男に、私は声をかけた。
「……コーヒーなら、ポットに入っているから、勝手にやって」
古い魔法瓶がカウンターの上にある。その横に、これも薄汚れたカップが五、六個。
セルフサービスか。仕方なく、茶渋の染み付いたカップを手に取り、コーヒーを注いだ。
おんぼろの席に着く。コーヒーを飲む。
まずい!
私はぺっぺと吐き出した。
出がらしも出がらし。安いコーヒーを一週間煮詰めたような、それに水道水を足したような、なかば腐っているコーヒー。
私は思わず叫んだ。
「これが喫茶店のコーヒーか。やる気あるのか。どういうつもりだ」
やぼったい店長は面倒くさそうに応じた。
「……文句があるなら、よそで飲めばいいだろう」
「なんだこの店は。掃除はしてない。あんたはだらだら寝そべって新聞を読んでいる。客に対する誠意というものがまるで感じられない。ふざけている。馬鹿にしている。出る」
私は財布を取り出した。店長がすばやく駆けつけ、レジの前に立った。さっきまでのそのそしていたくせに、こんなときだけ身軽で機敏だ。
「コーヒー一杯、九百円だよ」
高い。あんな、ただでも飲みたくないコーヒーが九百円とは。
私は財布を探った。万札しかない。福沢諭吉を仕方なく払う。
店長はレジにではなく、自分のポケットにお札を押し込んだ。
間。
「お釣りは?」
「お釣り?お釣りを出すのも面倒くさい。面倒くさいんだよ!」
店長はぐいぐい私を押した。小柄なのに、すごい力だ。無理矢理ドアの外、表に押しやられた。
彼は身をひるがえし、店内へすばやく入った。
強引にドアが閉まる。
がちゃり、と施錠の音。
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