くろい、くろい。

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 ***  後日、僕はなんとなく隣の部屋を確認してみた。  304号室が空き部屋なのは間違いないようだった。ドアポストはガムテープで封印されているし、表札もかかっていない。窓もカーテンがひかれたまま、中の様子を見ることはできないときている。アパート一階の郵便ポストも大量にチラシが溜まっていた。住人が住んでいないのは明らかだろう。 「何もない、とは思うんだけどなあ……」  だが。  壁の染みはゆっくりとだが、確実に大きくなっていったのである。丸い染みのサイズはバスケットボール大で止まったのだが、今度は丸い染みの真下の方へ、液体でも垂れるように線のような染みが広がり始めたのだ。それも、床まで到達しているのである。  まるで、壁に何かが埋まってでもいるよう。流石に僕は気持ち悪くなって、ここで壁紙を一度張り替えることにしたのだった。  ところが。 「なんで」  壁紙を張り替え、綺麗な白い壁になったと思った翌日。  再び、壁に染みが出現したのである。それも、最後に染みを見たのと同じ形で。  丸い染みから、下に降りた黒い棒。同じサイズかと思っていたが、最後に気付いた時より大きくなっているかもしれない。  壁紙を張り替えても効果はないということだろうか。ならば、やはり壁になんらかの問題があるのではないか。それこそ、隣の部屋の壁に死体が埋まっている、とか――。 『いやいやいや、勘弁してくださいって!』  しかし。  僕がもう一度不動産屋に問い合わせると、担当者は本気で困ったように告げたのだった。 『何度も言いますけど、本当にあそこ事故物件とかじゃないんです。変なものはなーんもないんです。隣のお部屋にも以前女性が一人で住んでましたけど、特にどなたかと同棲してるなんて話も聞いてませんでしたし……普通に仕事の都合とかで引っ越していかれたんですよ?それも半年以上前に』  けして、嘘を言ったり誤魔化したりしているようには見えない。  どうしよう、と僕は迷ってしまった。正直不気味ではあるのだが、現状起きている現象といえば壁の染みが大きくなるというくらい。気持ち悪いが、最悪家具とかで隠してしまえばいい場所でもある。  何より、ここを出るとなったらもう他に行くところがない。ここと同じくらいの家賃で借りられるようなアパートがすぐに見つかるとはとても思えなかった。ちょっと気持ち悪い、というだけでは、あまりにも理由として弱かった。 ――本当に、古くて染みが濃くなってるだけとか、そういうことなのか?  六月。  雨が降っていたその日、僕は自宅前で傘をたたみながらふと403号室を見たのだった。  やはり、人が住んでいる気配はない。ドア前があれだけ泥で汚れているのだから、人が出入りしたら足跡の一つもつきそうなものである。 ――そうだ、ここは空き部屋のはずだ。  僕はもう一度、窓から室内を覗いてみた。 ――誰の気配もない。事故物件でもなんでもないって不動産屋さんも言ってたし……。  そこで、僕は気づいてしまうことになる。確かに室内の様子はカーテンのせいで覗くことなどできないのだが。
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