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窓のへりの方、何か妙なものがある。茶色い、布切れのようなもの。まじまじと見つめて気が付いた。それが、玄関ポストを封じているのと同じ、茶色のガムテープであるということに。
「……なにこれ」
その窓は、内側から――ガムテープで目張りがされていたのだ。まるで、窓と壁の隙間をぎっちり埋めて、絶対に中のものを出すまいとするように。よく見ると、鍵のところもロックがかかった状態でテープでぐるぐる巻きにされているではないか。
何故、内側からこんなことをしてあるのか。
中に何かを閉じ込めようとしたのか?あるいは――外から何かが入ってくるのを防ぎたかったのか。
――い、いや。
僕はぞっとして、そのまま自室の鍵を開けた。
――確かに、不動産屋さんも事件を把握してなかったら事故物件じゃないって言うだろうけど。でも、前の人が去った時、部屋のチェックくらいするはずじゃないか。中がやばいことになってたら片付けるとか掃除するとかするだろうし……!
だが、それなら何故、窓が目張りされたままになっているのか。
気持ち悪かったがそれ以上考えることはなかった。できなかった。そう。
「ひっ」
そして、部屋に入った僕は理解してしまうこととなる。
黒い染みが、さらに大きくなっていた。丸い円があり、その下からまっすぐ伸びる太い棒があり、その棒の上の方から左右に伸びる二本の細い棒がある。
それは、ただの染みではなかった。
人間の形をした染みだったのだ。
――……き、気のせいだ。気のせいだ、気のせいだってば。
正常性バイアス、と言う言葉がある。危険が迫っている時、それを過小評価して大丈夫だと言い聞かせてしまう心理のこと。
己の心に、そういうフィルターがかかっているかもしれないと薄々気づいていたが、それでも自分ではどうしようもなかった。他に部屋が見つからない、その事実が僕を躊躇わせた。あれは人間の形に見えるだけだと。普通の染みだと。けして、オカルト的な何かではないのだと。
――大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……。
黒い、黒い、黒い。
黒い染みが大きくなっていく。
気のせい、気のせい、気のせい。
隣の部屋に変なものはいない。壁を通り抜けてこっちに来ようとなんてしていない。僕の方に迫ってきているなんて、そんなことはない。あるはずがない。
――そう、大丈夫だ。大丈夫ったら!
僕は今、布団に寝転がったまま、東側の壁を見つめて震えている。
ああ、気のせいであるはずだ。
壁の黒い染みが膨らんで、こちらに手を伸ばしているように見えるなんて気のせい。
僕はきっと、いつもと同じ明日を迎えることができるはずなのだ。
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