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暖かくて柔らかで、深紅の髪からはほのかに鼻腔をくすぐる薬油の香りがする。矢も楯もたまらず、耳元へ囁いた。
「時がない。俺はおまえと契りたい。たのむ、何も言わずにどうか俺を受け入れてくれ」
「は……? ええっ、たたら、い、今?」
「今ここでだ」
腕の中で身じろぐ螢を抱きしめながら、舌打ちしたくなった。
すまない。ごめんな。死んだはずの男が突然現れて、わけのわからないことをほざいて、さぞ混乱しているだろう。
本当はこんなはずじゃなかった。
俺にとって螢は世界で唯一、大切な女で……だからこそ王弟だったころは、生涯忘れがたい初恋をさせてやりたいと願っていた。
俺にできなかった清くて美しい経験を、螢にはすべて与えたくて。
体を結ぶのなんて、そのあとでいい。愛欲の味を覚えてしまったら、きっともう、後戻りはできなくなるだろうから。
「……いいよ、たたら」
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