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あの夜、記憶を消さなければよかった。そうすれば今どちらが螢の男かなんて、一目瞭然だったのに。
だがこんな事態に陥るなんて、あの時は想像できなかったんだ。どうしたらいい、このままじゃ俺はみすみす、命より大切な恋人を奪われてしまう。
やきもきするうち、天ではようやく紫水が螢たちに至ったようだった。
意識を凝らすと、二羽の巨鳥に鞍を置いた一行が見えてくる。紫水が腰の剣を抜いた。
大降りに刃をふるう。
たちまち斬撃波が鳥の両翼を斬り落とす。
ぱっ、きりもみ状態で墜落する巨鳥の背から、二人の衛士が飛びすさった。一人は螢を腕に抱いたまま、それを庇う形でもう一人は両手を広げて。
――炎の乙女よ。貴女の想い人は存命だ。私と来い、逢わせてさしあげよう。
空中で一行と対峙した紫水は、穏やかに声を張り上げた。
その視線は目前の青龍を無視して、ただ後ろの宙に立つ光輪君の腕の中だけを見つめている。
――生きているの、たたらは? 本当に?
螢が打たれたように反応した。
(いいぞ、そうだ、俺は生きている。生きているとも)
だから螢、早くそいつから離れて俺の元へ来い。じりじりしながら必死に感情を殺し続ける。しかし次の瞬間、青龍が声を張った。
――いいから行け、昴! 俺が紫水を止める!
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