殺笑み

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 小汚い居酒屋のすみのテーブルで、俺が三杯目の生中(なまちゅう)を空けてやっと康太のバカは顔を見せた。灰皿ではタバコが小山を築いている。 「おう、先輩を待たすなんて偉くなったもんだな」 「すみません。お盆前で仕事が立て込んでいて」  テーブルの横で康太はいったん棒のように立った後、深く頭をさげた。 「言い訳すんな。そこをなんとかするのが後輩の役目だろ」 「すみません」  康太はまた腰を直角に折る。髪を剃った頭と、紺の作務衣からのぞく首筋に汗が浮いていた。これが暑さのせいか、冷や汗なのかはわからない。  康太はいつもびくびくしている。俺と正面きって向き合う根性がない。俺がひと言文句を口にすれば、即座に謝る。(しつけ)のできた下僕みたいなものだ。これからの話も、すんなりいくだろう。さてと、そのためにもっと恩を売っておくか。 「高校のときに俺が野球部でシゴいてやったから、今のおまえがあるんだぞ。わかってんのか」 「はい。ありがとうございます」  下級生のシゴキはいい娯楽だった。やつらが拭きあげたボールを俺が汚し、きれいにしていないとビンタ。スタンドに立てたバットを地面に撒き、整理がなっていないとビンタ。トンボを引いたグラウンドにスパイクのかかとで穴を掘り、ちゃんとならしていないとビンタ。  後輩どもはほぼ全員、反抗的な目をしながら我慢していた。  だが、康太だけは本気で怯えていた。弱いやつを探り出す俺の嗅覚は天才的だ。ひさしぶりに会った今日も、狩るものと狩られるものの関係には変わりがなかった。今の俺がチャチな土建屋の雑用係で、康太がデカい寺の跡取りだとしてもだ。  あの、と康太が眉をさげて声をひそめる。 「お金を返してくれるって本当ですか」 「ああ、ありゃ嘘だ。おまえを必ずここに来させるためのな」 「そんな……」 「文句あんのか」  俺は目に殺意をこめ、ニヤリと笑う。康太は青くなり、ふるえながら下を向いた。ビビりの康太をあやつるには、この笑い方に限る。 「立ってたんじゃ話ができねえ」  俺はテーブルの向かいを指さし、座る許可を出す。 「金ができたら連絡してやる。待っとけ」  ここ何年か、俺は康太を避けていた。そのまましらばっくれて、金の話をうやむやにするつもりだった。だが、康太の他には役に立ちそうなやつを思いつかず、会う段取りをつけた。俺には、是が非でも相談したいことがあるのだ。
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