過去と現在と人助け

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過去と現在と人助け

 俺は人目についてはいけない人間だ。  何しろ、裏切り者の回状持ちである。  俺の安全のためにムスカは俺を西の顔役に預けたが、俺は自分の安寧よりもムスカの死に対する復讐の方が大事である。また、西の顔役のフィレンソンが胸糞悪い金の亡者でしか無いのならば、そいつを蹴散らして自分の思うままに生きたいと思ったっていいだろう。  駄目だったのならば、お前が死ななければ良かったのだ。  (ムスカ)なんて名前を自分につけて喜ぶ阿呆は、死にざまだって阿呆そのものだった。  虫か獣同然に油をはった穴倉に落とされて、生きたまま尊厳も無く燃やされてお終いだ。 「お前は本当にアリンコだよ。大きく世界を見れないアリンコ野郎だ」 「ああ、アリンコだよ。あんたが名付けた(フォルミーカ)でしかないよ。俺は小さな穴倉の世界であんたといりゃあいいだけの小さな奴だったんだよ」  俺は二度と自分のもとに帰って来ないムスカに非常に苛立ちながら、鬱蒼と草木の生い茂る街道を歩いていた。  歩くしかなかった。  この道は首都に続き、俺はそこにいるムスカの仇に仇討ちをして終わる。  それだけの行程でしかない。 「ちちうえ!!」  幼い子供の叫び声は俺の足を止めた。  子供の叫び声は、俺がムスカと出会う前の過去に俺を引き戻すなんてことまでしやがった。  父は俺も母をも守らなかった。  父は公儀のものらしき何かの大事な書状を胸に抱いて、俺達を見捨てて独りで逃げ出していたのである。父のいない屋敷に、父を追って来た者達が押し寄せ、俺と母は押し寄せた無頼者達に父を殺せなかった憤懣を全てぶつけられた。  母はその時に亡くなった。  とても美しい人だったのに、骸となったその姿は、生前の母の面影など一つも見つけられない状態であった。  俺が生き抜いているのは、その無頼者達の中にいたムスカが、虫の息の俺を保護して隠してくれたお陰でしかない。 「ちちうえ!!」  あれは俺の昔の声か?  叫んでも叫んでも父が助けに来なかった、そんな俺の絶望の声か?  俺の身体は声のする方へと勝手に向かっていた。  そうしたら、俺の目の前であの頃の俺が求めた夢が展開していた。  なんと、血塗れ死にぞこないな半死半生の父親が、子供を守るためだけに立ち上がっているのである。  無頼者五人に襲い掛かられている、それなりの騎士だったであろう男とその幼き子供と言う図が、今そこにあるのだ。  親子の父親の方は均整がとれた体という長身で豪傑そうで、子供の方は男の子供には思えないぐらいに、小さくて手毬のようにぷくっとした可愛い子である。父親の真っ黒い髪が短く刈られているのは、何かの罰を受けたかのようであるが、その短い髪のせいで美しいうなじと首から背中までの素晴らしきラインを露わにしていて、鍛えられた男の姿形をさらに格好よく見せていた。 「ガキを殺すのは、こいつに聞く事を聞いてからだろ」 「こいつの目の前でガキを引き裂いてやろう」  下卑た男達の残酷な言葉に対し、男は負傷していながらも凛として男達を睨みつける。そんな父の子だからであろうか、子供の方も脅えながらも泣き出さずにいるという天晴れさだ。  あれは、父が俺をあの男のように守ってくれていたら、の世界かもしれない。  俺があの日に望んだあの日の出来事だ。  俺は飛び出していた。  あの男が世界を壊す立場にいようとかまわない。  俺は首都に行ったらそこで終わるのだから、それまで自分のしたい事をして暴れたってかまわないだろう。  特に、俺の剣技こそ、俺に剣を仕込んだムスカの形見と言えるのだから!!
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