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取りあえずは野宿先が決定
俺が助けた時点で男はギリギリだったようだ。
声をかけても返事はなく、その巨体は地面に沈んだ。
どうしよう。
「助けてくれてありがとうございました!!」
大きな体の下から可愛い声がする。
俺はとりあえず幼子を巨体の下敷きから助け出した。
「僕ディオン。五歳です。父上はシリルです。お姉さんは?」
「フォルミーカだ。俺を女の子と一目でわかったなんざ、お前さんは良い目を持っているんだねえ」
「えへへ。あ、あのね、ふぉる、フォルミーカ様。父上と僕はお城を追い出されてしまったの。だからね、首都に行って父上は剣術道場の師範になるの!!」
子供の意識がしっかりしていて良かった。
父親譲りの黒髪に真っ青な瞳を持つ可愛い男の子は、五歳児の割には素晴らしき現状把握能力を持っていたのである。
ここまで幼子に駄目な状況を知られてどうするんだ?と、俺は意識を失っている男に問い詰めたい気持ちにもなったが。
「そうか。お前さんは苦労しているんだねえ。ええと、まずその大事な親父殿の怪我の手当てが必要だ。ええと、ディオンはかくれんぼは得意かい?」
「かくれんぼ?」
「ああ。まずは親父殿の手当てをするが、このデカブツを背負って動くなど俺にはできないからね。運べそうな道具を作るか持ってくるか、その間だけ親父殿と隠れていてくれるかねえ」
可愛い顔立ちの小さくてふくふくの子供は、そんなに頭を振ったら転ぶだろうというぐらいに頭を振って俺に従う意思を見せた。
「いい子だねえ、ディオンは。こりゃあ、いい男になるに違いない」
「いい男?僕はなれるの!」
うわあ、青い瞳が晴れ空みたいにキラキラしてやがる。
俺は自分を見あげる瞳が俺こそを惚れ惚れと尊敬の目で見ているだけだと思うとこそばゆく、だが、ムスカを俺もそんな目で見ていたと思い出すと、ムスカが俺を可愛がって育てるまでもした事に思い当たってしまった。
「俺もきっと可愛かったんだろうなあ」
自然にディオンの頭を撫でていた。
ディオンは真っ赤になって、さらに可愛い。
「えと、フォ、フォル、フォルミーカ様」
「ミーカでいいかな。俺も追われているんだよ。俺を守るためにミーカと呼んでくれるかい?お前さん達も追われているようだから、えーと、お前さんをディーと呼ぼうか。それで、親父殿のシリルさんは」
「シリルのままでいい。シリルは腐るほどある名前だろう」
腰に響く滑らかで低い声に俺はびくっと震えてしまった。
俺はシリルを見返し、瞼を開けて俺を見つめていた彼と目が合った。
なんと、男の顔を見て胸が高鳴る、とは。
息子と違って真っ黒の瞳であるのだが、彫りの深い顔立ちにぴったりだと思う程に、目を開けたシリルは見惚れる程の美丈夫だったのだ。
「おや、意識が戻っていたかい。旦那は頑丈なお人だねえ。じゃあ、さっさと手当だけして皆で移動しようかい」
「はい~」
ディオンは可愛らしく元気に返事をしたが、シリルの方は俺の声掛けに体を震わせた後、俺から顔を背けてしまった。痛みで体がびくりとしてしまうのはよくあることだ。手当を急がねばと、俺は背中に背負っている小袋を下ろす。
「旦那、簡単に血止め程度ですがしますよ。服を脱がす時や包帯を巻く時には頑張ってもらいますが良いですかい?痛みが凄くて動けそうもないですか?」
「あ、ああ。動ける。そこは大丈夫だ。ただ、女房が亡くなって三年。旦那って呼ばれるのが久しぶりでね。ハハハ」
彼はどうやら「旦那」という呼びかけに反応していただけのようである。
それなりの騎士らしき男の女房が亭主を「旦那」と呼ぶとは思えず、女衒で旦那と袖を引かれていた頃のことを思い出したに違いない。
「男って奴はぁ」
そして、手当てに協力的なのか非協力なのか、照れてもぞもぞする男の手当てが終わってみて、シリルが歴戦の猛者だったと思い知ったと溜息を吐く。
ただ一つ心配な傷は肩の矢傷だけで、あんなに剣で切り刻まれていたにしては、傷は深くとも全て皮を切っただけで止まっている頑丈さなのである。
「ほんとうにかたじけない。助けていただいただけでなく、」
「感謝は移動してからにしようかい。日が暮れては大変だ。幼子がいるんだよ」
「ああ、そうだな。しかしこの辺に宿屋はあるか?」
「無いから野宿が出来そうな場所にだねぇ。ディー、お前は野宿は平気かな」
「はい。昨日はお狐様と一緒に寝ました」
お狐様とは、土地神様の使い魔の狐の事である。
農村地帯では、豊穣を約束するキツネを模した神像が祭られているお堂が畑や街道に建てられているのである。
畑の中心にあるお堂は、普通に豊穣を祝うための神像を安置するだけのものなので人など入り込めないサイズだ。だが、街道の外れにあるものは、俺のような回状持ちや渡世人が、野宿はもちろん逃げ込む場所として勝手に作ったものであるため、数人が寝泊まりできる程の大きさはある。
そこは旅人の誰もが利用できるのだが、そこで喧嘩も仇討ちも法度であり、今の追われている俺達には安全な寝床ともいえる。
一歩でもお堂の外に出たらその安全ルールは適応されないので、袋の鼠になってしまうと考えれば危険極まりない選択かもしれないが。
「そうそう、お狐様だ。ディーは旅に慣れているようで良かったよ。では今夜もこの先にあるだろうお狐様のお堂で休もうか」
子供は元気に返事を返すと思ったが、彼のお腹がぐぐぅーと鳴り、五人組に襲われても泣かなかったディオンが涙目で俺を見あげた。
「ディー。まずはお堂に行こうね。俺は魔法使いなんだよ。お堂に着いたら、お前さんにご飯を食べさせてあげよう」
ディオンの父親の腹も怪我人の癖に大きくググウと鳴った。
「右肩は穴が空いて、満身創痍の体の癖に。なんて元気いっぱいなんだろうねえ」
「かたじけない」
恥ずかしそうな声を出し、大きな体の男がしょぼんと頭を下げる姿は、なんだか可愛いと思った。
なんてシリルは素直なお人なんだろう。
ムスカだったらひねくれた物言いを返していた、だろうにね。
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