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01 リウ①
瘦せ細った男児は幼児と見まがうほど小さかった。
その躰が楽々持ち上げられ、鉄箱に放り込まれた。
金切り声をあげて抵抗するが、子供の抵抗などなんの役にも立たない。
頭上に重い蓋が落ち、ガチャンと錠が下りた。
鉄箱に閉じ込められた政治犯が生きながら地中に埋められる。そんな処刑を見てきた男児は、狂ったように泣き叫ぶ。身動きできない狭い暗闇の中、自分の悲鳴が反響して跳ね廻る。
パニックに襲われて過呼吸が起き、泡を噴いて失神した。失神から覚めても、待つのは不変の闇。再び恐怖がのしかかる。悲鳴――失神――悲鳴。その繰り返しが続く──
やさしい死が迎えに来るまで続くと思われた地獄は、唐突に外界へと開いた。
土中に埋められてはいなかった。永遠と思われた責め苦は、まる一日の事だったかもしれない。
外光に目が眩んだ。ようやく定まった視界で、兵士がニヤニヤ笑っていた。
大きな手で襟首を掴まれ鉄箱から引き出される。
鉄蓋を掻きむしった手指の皮膚は破れ、爪は剝がれていた。
闇にすべて吸い取られたように、感情を喪失していた。
言うことをきかなければ、また閉じ込めてやる――兵士はそう言った。機嫌が悪けりゃ、そのまま土に埋めるかもしれん。
呆けた顔で、男児はただガクガク頷いた。声も涙も出ない。襲撃されたとき片耳を削がれたが、そんなもの、暗黒監禁の恐怖に比べたら蚊に刺されたようなものだ。
火を放たれた家々は焼け落ちていた。村の男たちは殺され、血の海で折り重なっている。
女たちは木に吊るされていた。裸で腹を裂かれ内臓がはみ出ている。死は解放だったが、まだ息のある者がいた。
男が女の躰を使って欲情を処理する方法を、男児は知っていた。兵士たちが用を足したあと、女たちは吊られたのだ。
男児の母親も吊られていた。ガクリと落ちた顔から弱い呻きが洩れている。腹の外へ垂れ下がった腸には蠅がたかっていた。
こうなりたくなければな、ぼうず、先に相手を殺ることだ──兵士はヤニに汚れた歯を剥く――オレが立派な人殺しに仕込んでやるぜ。
ガクガク。男児は頷きを繰り返す。それだけが生き延びるための手段だ。
遠景には穏やかに陽光が降っていた。
いつもの春と同じく杏子の花は満開で、薄紫の花雲がやさしく山野を彩っていた。蹂躙された村も、奪われた命も、まるで別世界の出来事であるかのように……
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