02 変異者等規制法

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「ブーステッドってのさ、ナノマシンとか誤作動してヒトを襲うんでしょ?」 「らしいね。頭がイカれて被害妄想になって、逃げ廻ってるんだって」 「頭だけじゃなくて、治療しないと癌になるらしい。白血病とか。すんなり出頭すれば公費で治療できるのにね」 「その辺ウロウロしてるのかな」 「でも、それらしいの目撃したらラッキーかも。保健所に感謝金とかいうの出るし」 「このお店で呑んでたりしてね」  うふふ、と二人連れは笑った。  隣接するテーブルの会話を聞きながら、シュウは徳利を傾ける。  ――そう。ブーステッドはすぐ隣に居るよ。  さまざまなデマと宣伝の垂れ流しにより、民衆は共通の認識を刷り込まれている。〈ブーステッドは危険だ〉、〈ブーステッドはコワイ〉。やがてそれは〈ブーステッドは敵だ〉に行き着くだろう。  政府がマスコミと組んで民衆の意識を誘導する。ヒトラーの手法だ。をこしらえ国民を闘争に向かわせる。この国も、共通の敵を設定し、今やない。  テレビでは、コメンテーターの解説に政府広報が続いた。 「ブーステッド処置を受けた方々にお伝えいたします。あなた方に重篤な不適合症状が発症する怖れがあります。放置すると危険です。公的医療機関で、責任をもって治療いたします。今すぐご連絡ください。また、ブーステッド処置者を見かけられた方はお知らせください。専門スタッフが対応いたします」  画面下にテロップが流れる。  〈連絡先:0120-***-***/osakacitynet@*****〉  格子戸がスライドし、でっぷり太った婦人が入店してきた。けばいツバ広帽子をかぶっている。赤黒のジャケットにフレアパンツ。入口ちかくのカウンター席に掛けた。シュウと背中合わせだ。 (久しぶり。元気にしてる?)ナノマシン通信が背のむこうから届く。  公方(くぼう) 未有(みう)。約束の時刻より10分遅い。 (ずいぶん太りましたね、未有さん) (ボディスーツにクッション詰め込んでるの) (けっこう似合ってますよ) (覚えてらっしゃい)  シュウは手を挙げて熱燗を追加した。15分待って逢えなければ、お互い店を出る段取りだった。 (渡部がやられたわ、今日)  猪口(ちょこ)を運ぶ手が止まった。エージェント同士が顔を合わせることは稀だが、逢ったことがある。同世代。額に傷痕のある男だった。交差点で捕まったのが、その渡部だったとは。
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