03  追跡者①

1/6

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

03  追跡者①

 叩きつけるような雨になった。銀のカーテンが視界を遮る。  電車を乗り継ぎ最寄り駅で降りたシュウは、路地を抜けデニムの上下を濡らして急ぐ。傘はほとんど役に立たない。  路地の交差に監視カメラがあった。ビル間の隙間に巧妙に隠されている。大阪都心部ばかりでなく、場末だろうと監視の網は張られている。  カメラの位置はすぐに把握できるが、顔をそむけはしない。ごく自然に、むしろ正面を向けたりする。  ナノマシンで表情筋に介入し、顔認証で特定される事を避けている。シュウに似ていても、別人と判定される顔。兄弟のような顔を作っている。ナノ同調率の高い、シュウならではの裏ワザだ。  港近くの怪しげな酒場通り。蟻の巣に似た細道が入り組む。その奥へシュウは進む。  道の先に、ゆらりと人影が現れた。黒いエナメルの雨合羽。傘も差さずフードをすっぽりかぶっている。黒い輪郭に弾ける雨のしぶきが、街灯に鈍く輝く。  ダブダブな合羽の中身は痩せっぽちだ。ハーフパンツから伸びる細い素足にサンダルをつっかけている。  凄まじい殺気を感じた。途方もない精神攻撃力(サイコパワー)も。 「久しぶりやな、ニイチャン」フードの下に見える無精ヒゲの口が動いた。  ――聞き覚えのある声。 「ほほお、声を覚えていてくれたんや」こちらの心を読んだように言う。  時代おくれの関西弁…… まさか。 「そのとおりよ。ワシじゃ。枕木(まくらぎ)サマじゃあ」フードを跳ね上げた。  シュウは息をのむ。雨に打たれて立つ貧相な男は、たしかに枕木だ。二年前の超能力者(サイキック)テログループの一人。  だが、容貌は一変していた。頭部の半分、右眼とその上部すべてがだった。放熱板(ヒートシンク)を備えたグレイメタリックの機械(マシン)が右頭部に嵌っている。固定する六角ボルトが(むご)い。右電子眼のレンズの奥で、青い燐光が恨みのように揺れる。  シュウは傘を棄てた。たちまち雨粒が顔を打つ。 「なんで見つかった──そう思ってるやろ、景宮 周」 「心を読めるようになったのか?」  相手を失神させるだけの下っ端だった。 「おうよ。APSY(エーサイ)のヤツらに脳をいじられた。麻酔なしに開頭されて針電極をブスブス刺されたわ、テメエのせいで」  シュウに捕われた枕木は、当局によりAPSY収容所へ送られた。超能力者(サイキック)のアウシュビッツと呼ばれる場所だ。どれだけ恨みを買っても足りはしない。  それが何故シャバへ戻れた?  答は一つ。枕木はAPSYのになった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加