03  追跡者①

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 革ジャンは腕時計型端末(リストデバイス)を点灯させる。その明りを頼りに、シュウを支えて地階へ降りた。  ロッカーはバネ仕掛けのように戻り、背後で階段を隠した。  突き当りの扉を開くと、中小企業の事務所ふうの部屋が現れた。寄せ合わせた机の一隅で、グレーの作業着姿の女性がキイボードを叩いている。奥の机にはヒゲづらの男が居た。  革ジャンは壁際の長椅子にシュウを下ろした。  ヒゲの男は脚が悪いらしい。座る椅子は電動車椅子だ。その男が口を開いた。「ひどい有様だな、ブーステッドマン」  今日は懐かしい声ばかり聞く。 「コクマー……か?」  ポッテリした唇が、肯定するように、ヒゲの中で笑った。  ユダヤ教神秘主義で〈知恵〉を意味する〈コクマー〉。そう名乗るのは、サイバー系反政府組織〈Wake up!〉のリーダーだ。出会った数年前、彼は未成年で、つるりとした頬にヒゲは無かった。  カルト集団〈幸福教団〉を壊滅するため、教団を攻撃する〈Wake up!〉とシュウは組んだ。政府の仇敵であろうと、敵の敵は味方だ。 「顔がズタズタじゃないか。男前が台無しだ。足もひどそうだし。医者が必要か?」  顔に手をやる。衝撃波に切り裂かれた幾筋もの切創は、既に凝血している。 「医者は要らない。寝かせてくれ。睡眠さえとれば治せる」 「ナノマシン・ドクターか。便利なものだ。あいにく柔らかなベッドは無いが」 「この椅子で充分だ」 「そうか。安全は保障する。ぐっすり眠ればいい」  女性がバスタオルとジャージを手渡してくれた。着替えやすいように部屋を出ていく。  乾いた衣類に替える。濡れネズミから解放されると、どっと疲労が襲ってきた。  長椅子に横になる。闇へ引きずり込まれるように眠りに落ちた。      *  目覚めると天井の照明が目に飛び込んできた。上掛けの中から身を起こした。  部屋にはコクマーひとりだ。 「どれくらい寝てた?」びっしょり汗をかいている。体内のナノマシンが治療に動き回り、老廃物を排出したせいだ。 「まる一日とちょっと。気分はどうだ?」 「だいぶいい。感謝するよ」 「すごいな、顔の傷が目立たなくなっている。なるほど、人間どもが怖れをなすわけだ。シャワー浴びてこい。ハナシはそれからだ」  シャワー室には下着の替えと作業着が用意されていた。  熱いシャワーが心地よい。左足首の痛みも和らいでいる。  着替えを済ませ、コクマーに向き合う形で椅子に掛けた。
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