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04 リウ②
オレンジの淡い光が、アーチ天井を照らしている。小ぶりの講堂ほどのスペース。
円筒型の巨大水槽が林のように立ち並ぶ。
水槽内は黄味を帯びた液体に充たされている。人工羊水。そこに、管に繋がれたヒトが浮いている。
墓から掘り返したり、処刑場から奪ってきた極悪人の死体。殺人や犯罪にとび抜けた才能をもつ、天才的極悪人たちだ。並外れた戦闘力をもつ兵士や格闘家たちも居る。水準超えのDNAのストック体は、採取される時を待ち、羊水に浮いている。
ゴボゴボと槽の床から気泡が立ち昇り、ストック体を巡って槽の天井へ抜ける。
彼らは死んでいる。だが、細胞レベルで鮮度を保っている。死んでも生きてもいない状態。境界に宙吊りにされている。
──ここはDNA転写ラボだ。
うち一本の円筒水槽に、他とは違う奇怪なカタチが浮いていた。それは、ヒトから別なモノに変化する途上の中途半端さだ。正中線で顔は二つに分かれ、人格も二つ。
顔半分は幼さの残る娘の顔。もう半分は口が耳まで開く猛禽の顔。ゲノム操作が創り出した生きもの──イブだ。片腕を失っている。
プラズマ炉へ落ちた彼女は、燃え尽きる寸前、炉内に仕組まれたトラップで回収された。羊水の力で、黒焦げの細胞はいくらか修復している。
娘の半顔は目は閉じているが、猛禽の半顔は金色の目を開き、おのれを取り込もうとする男を睨みつけている。
意識は無いはずだ──向い立つ劉は思う。いや、この状態でも意識を保っているかもしれん、このバケモノは──思い直してククッ、と笑った。
それもいい。意識を保ちながらワタシに取り込まれればいい。その無念も憎しみも、さらにワタシを強くするだろう。
劉は裸で床の円環に乗る。足元から円筒ガラスがせり上がり、上部の機材に接続して円筒水槽ができあがった。
プシュッと音がして気密状態になる。数本の管が降り、先端の針を自らの静脈に刺した。
上部から人工羊水が降り注ぐ。年齢が意味をもたぬ肉体を液体が浸してゆく。
間近で操作を手伝うのは黒子たちだ。仮に主人が熟睡しようと、けして寝首をかくことはない。何故なら、黒子は劉の端末でしかないからだ。主人が分けたゲノムに支配され、使役されることを歓びとし、剥げ落ちる皮膚細胞のように使い捨てにされる。付き従う影に似て存在感が無い。
転写が始まる。イブの強さの遺伝情報が引きずり出され、劉に書き込まれるのだ。その過程で、ストック体は分子サイズへ分解される。
イブが身をよじる。分解の苦痛は酷い。
金の目が見開き憎悪に燃えた。
やはり意識を保っているか。いいぞ──劉の唇が歓びに歪む。憎め。ワタシを憎め。憎しみこそが強さの糧になる。
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