04 リウ②

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 上書きされる。能力が上重ねられ、記憶が上重ねられる。旧と統合される過程で、多重人格のように記憶が乱れる。  燃え盛る業火が見えた。絶望の声。人々の叫び──  これは誰の記憶だろう……  爆発。肉片が飛び散る。白じらと輝く刃先が顔面に迫る──  何処の戦場だ? この光景を最後に見た者は――  数時間経過後、ゴボゴボと液体が排出される音で我に返った。  数十年も経った気がする。いつもそうだ。さまざまなヒトの記憶が流れ過ぎる。これは何十回目の誕生だろうか。  槽を出た劉にバスタオルが掛けられた。黒子が二人がかりで羊水を拭う。  目前の水槽に浮いていたイブは、分解されて遺伝子を抽出され尽くし、灰色の(おり)となって底に沈んでいた。  ワタシの一部になれたのだ。光栄に思うがよい。  劉はガウンを(まと)い、ラボを見渡すソファへ移動する。  大理石のローテーブルで、フルートグラスに注がれたシャンパンが一筋の泡を立てていた。  オレンジの空間。黄昏に沈むようなストック体の林は壮観だ。  膨大なDNAの畑。次に取り込むはどれにしようかと、セレクトを(たの)しみながらグラスを傾ける。  かつてあそこに浮いていた幾多の強者(つわもの)たち。その集積体がワタシなのだ。  ワタシ……ワタシとはいったい何だ?  上書きに上書きを重ねた末、大元の自分が何だったのか忘れてしまった。  強さだけを溜め込み感情がすり減り、普遍の憎悪だけが濃縮されてしまった。  ワタシは誰だった……?  さざ波のように思考が揺れる。時に、凍りつくような怯えが背筋を(はし)る。  だが、怯えなどという弱い感情は、重ねられた憎悪がたちまち呑み込む。憎悪はなによりも強大な力となり、を支配する。  ふふ。怯えは気のせいであったかのように消え去り、傲岸な嘲笑が戻る。  右手を上げる。5つの爪は意志に応じ数十センチも伸びた。鞭の弾性をもつ。     ヒュンと一振りしてみた。  シャンパンを注ぎ足そうとした黒子の首が、稲穂のように刈られて飛んだ。  切断面からほとばしる血液のシャワーをグラスで受ける。吸血鬼さながらに啜る。  これが新しく手に入れた能力(ちから)──イブの爪だ。  いとおし気に凶器を眺めた後、巻き込むように指へ戻した。  はは。あははは。  バージョンアップした男は、より強くなった。取り込んだ生命力が細胞を若返らせる。万能感が充ちる。  歓びが笑いとなって躰の奥底からこみ上げる。  あはははは。  無敵の笑いがラボに拡がる。その笑いを、水槽に浮かぶストック体たちが聞く。  虚しさと戸惑いを感じる僅かな人格たちが、劉の中で微かに身じろぎする。だが、不遜な男は黙殺する。そんなモノ、ただのノイズだ──と。
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