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02 変異者等規制法
ECHIGOYA大阪本社。
吹き抜けのガラス壁から春の光が降り注ぐ。広大なエントランスを華やかに彩っている。
展示物の前で景宮 周は足を止めた。〈宇宙豆腐〉の萌黄色の箱がタワーに積まれている。
この大豆由来の保存食は、加水割合で通常豆腐にも栄養ドリンクにも調製可能だ。豆腐の形で食べてみたが本物と区別がつかない。
スティック一包で一丁。完全食で、これだけで生存可能というスグレ物はNASAへも納入されている。
豆腐からナノマシンまで、ECHIGOYAは手広い。
展示スペースの前に立っていると、カン高い声に呼びかけられた。
「キミ、面接会場は5階ホールだよ」グレースーツのひょろ長い男が、値踏みするようにシュウを見ている。「15分前だ。もうみんな揃ってる」
そういえば中途採用の面接があるようだ。玄関横のボードに面接会場と大書されていた。どうやら応募者と思われているらしい。
否定する前にグレースーツは言葉を重ねる。せっかちな性分だ。
「そのスーツ、個性が無いね。量販店のヤツか?」
「いや、たくさんは流通してないですよ、これは」ゼロ課仕様の紺スーツはアスリート対応の伸縮性に富み、防刃、防弾機能をもつ。量販店では買えない。無個性なのは、最も流通量の多い型に合わせているからだ。大衆にまぎれ込むために。
「ウチの会社に採用されたいなら、服装でも個性を見せるべきだね。わが社は個性重視なんだ。ちなみにボクはピンクのタイで受けた。華やかさが女性面接官の心を捕らえたのだよ。ふふ」シュウの胸元に目をやり眉を下げる。「紺のスーツに紺のタイって……」ため息をつき額を押さえる。
「すみません」流れで謝っていた。
「ほらほら、そうやってすぐ謝る。紺が主張であるなら、胸を張って主張せんかい」
「なるほど、そうですね」
「今度は迎合……情けない。キミが今いる会社、ロクなもんじゃないだろ」
「はは……たしかに。ロクなもんじゃありません」チーフの公方も笑うだろう。ゼロ課はブラック中のブラックだ。
ホールの奥でエレベーターが開いた。
約束の時間より少し早いが、ECHIGOYAの若き新社長、ベンケイこと桂 勉が巨躯を見せた。仕立ての良いダブルが板に付いている。
シュウを認め白い歯を見せる。こちらへ駆けだした。
お供の重役らしい二人が、あわてて後を追う。
「アニキ、おっと、景宮サン、お久しぶりです!」桂社長はシュウに頭を下げた。
重役連中も追いつくなり社長に倣って腰を折る。
「会議だったんだろ」
「さっさと片づけました。景宮サンを待たせちゃいけない」
「すまんな」
「さあ上へ」
ふと見ると、グレースーツ氏は顔面蒼白で硬直していた。立ったまま失神しているのかもしれない。ヘナヘナとよろめき、揺らいだ頭が豆腐の角に当たった。
重役の一人が尋ねた。「あの、ウチの者が何か?」
「いえ」シュウは苦笑する。「貴重なアドバイスをいただきました」
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