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E10搭載ブーステッドの生体安定性は向上し、メンテ間隔は飛躍的に伸びた。しかも、ナノ同調率の高い一部エリートクラスでは、生涯不要の可能性さえある。
ブーステッド同士の夫婦──ベンケイと凪沙──の子にナノマシンが遺伝したという事実がとどめを刺した。生まれつきのブーステッドマンが登場したのだ。ナノを生体に同化した人間――それは確かに新たな生物種と呼ぶべきだろう。
こうした経緯がブーステッド脅威論を生んだ。超能力者と変わらぬ変異者である、と。
「オレもオマエたち親子もE10に完全適合している。健診で異常値が出ない。つまりメンテの必要がない。主人に尻尾を振る必要のない猛犬というわけだ」
「バカくせえ。誰が反逆なんてするか」ベンケイは憤然と拳をデスクに打ちつけた。「病院から息子の周志にうるさいほど検査依頼が来るんです。寄付金を切ると脅したら収まったけど、あきらめていない。ちょっとクリニックを受診しても、こっそり採血しようとする。まるで実験動物みたいに見てやがる」
人類すべてが強化されるなら、それは喜ばしい事だろう。だが、ブーステッド適合者は200人に1人。同調率が高いAクラスはその半分。その内さらなる少数エリートのみがE10ナノと完全適合できるのだ。
ハズレくじばかりなら誰も抽選などしない。羨望と嫉妬はたやすくイデオロギーに転化する。民主主義は、多数決で、ごく一部の特権者を潰しにかかる。こうして〈変異者等規制法〉は生み落とされるのだ。
現代に魔女狩りが復活する──
「規制法はまだ極秘だが、ゼロ課は掴んだ。ただ、情報源は失踪した。おそらく生きていない」
「くそ」ベンケイの頬が歪む。「やり口が劉と一緒だぜ」
ダークサイドの帝王を持ち出す。ヒトの心の闇は深い。その究極が劉だ。
「超能力者ネットワークと接触するつもりだ」
「マジすか」ベンケイは目を剥いた。
「一人じゃ何もできない」
敵の敵は味方。人類が敵対者とみなす者と組むしかない。
「オレは政府の犬だから当然警戒される。ただ、トップのマザーに一度逢っている。それが頼りだ。安全が確認されれば、オマエたち家族を呼ぶつもりだ」
ネットワークを統括する女性、マザーの柔らかな表情を思い返す。まなざしは向き合う者の心を和ます。還りたい、受け留めてほしいと望ませる。母の原型だ。――何故か、劉が憎悪してやまぬもの。
「念話――精神感応というやつがいくらか使える。高藤のおかげだ。相手が応えるかどうかは別だがな」一縷の望みのようにシュウは言った。
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