02 変異者等規制法

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 盛大に鼻血をまき散らして男はうずくまる。延髄にダメ押しの廻し蹴りを浴びせて決着した。  うつ伏せた背中を跳び越え部屋を出る。  アンダーリムを顔に戻し、腕時型計端末(リストデバイス)から緊急信号(エマージェンシー)を送信した。送信先は配下のブーステッドマン全員。  何人救えるか。いや、まず自身が逃げ切れるか。  緊急信号は連絡室が襲撃されたことを意味する。送信は連絡室内のメインコンピュータにも届き初期化が始まる。着信後数十秒で、室内機器に保存された全電子データが破壊される。部下の行動履歴や個人データ類。  エレベーターを使わず非常階段へ出た。下ではなく上階を目指す。1階出入口はどうせ固められている。  変異者等規制法──審議も始まらない内に動いてきたか。それだけ本気だということだ。  8階。常時身に付けている複製(コピー)鍵で点検用通路の扉を開く。高所メンテナンスのための出口だ。準備しておいた逃走路を、まさか使う日が来るとは。   風が吹き込み髪を巻き上げた。括って後ろにまとめる。常人なら腰が引ける高度。通りを走る車がおもちゃのようだ。  実戦経験は浅い。恐怖が気持を鷲づかむ。  アンダーリムをポケットに仕舞う。ぎゅっと目をつぶる。再び開いた瞬間、8階から跳んだ。おのれを信じて。  20メートル先に4階建ての都民ホール。屋根の傾斜を利用して落ちる躰を回転させた。縁まで転がって飛び降りる。途中階のベランダをステップに使い地上に降りた。着地した場所は駐車場だった。  頭上から降ってきた未有に、軽自動車に乗ろうとした中年女性が目を剥いた。 「ごめんなさい。近道しちゃった」未有は変わりかけの信号を小走りに渡り、大阪城公園に入った。  アクリスのジャケットはボロボロだ。パンプスも踵蹴りのせいで歪んでいる。ブランド品の犠牲で、とにかく包囲を突破できた。      *  着信があった。かるいバイブレーションにアラーム音が伴う。緊急信号(エマージェンシー)だ。腕時型計端末(リストデバイス)に名刺大の標準スクリーンを浮かせたシュウは、顔色を変えた。 「どうしたんスか」ベンケイが訊く。 「ゼロ課が襲撃を受けた」立ち上がる。「強硬手段に出た。ここへも来る。逃げるぞ」 「くそ。審議前だろうが」 「法律は後付けだ」  デスクフォンが鳴った。ベンケイは受話器を取る。  秘書のあわて声がシュウにも洩れ聞こえた。 「警察の方がお見えです。お止めしましたが、強引に社長室へ向かって来られます。大勢です」
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